決断
写真材料の会社が事務機の会社へ変わるまでに、27年かかった。1968年3月期に無配へ転落し、無配は8期続く。創業家の世襲を破って社長に就任した西村龍介氏は、感光材料を増強しても後発に伸び先はないと見て、1971年1月に電子複写機U-Bixで事務機市場へ参入した。米ゼロックスが張りめぐらせた約900件の特許に一つも触れない設計で、発売から2年半で全社売上の20%を占めた。1986年1月には米ロイヤル・ビジネス・マシンの残る66%を取得して完全子会社とし、代理店に預けていた売り場を自前へ移している。1992年には主流だったアナログ複写機の開発を打ち切って白黒の高速デジタル機へ研究開発費を振り向け、1998年度には情報機器が連結売上高の42%にあたる2,494億円を稼いだ。
1971年1月 U-Bixで事務機参入
U-Bixで事務機参入天候に売上が左右される写真材料への依存を断つため、ゼロックスの特許網を避けた電子複写機U-Bixで事務機市場へ参入し、八王子工場をカメラから複写機へ転換した多角化同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1970 1971 1976 売上高(億円) 268 316 1,012 純利益率(%) 1.3 2.1 2.9