34%の資本参加から2年で残る66%を買い取ったのは、販売会社を半分だけ持っても動かせないと見たからであろう。1979年に米国のカメラ販売を代理店から合弁へ移したときも、セールスマンはバーキィ・フォトが担当し、コニカ社独自の販売員はいなかった。同じ持ち方を事務機で繰り返さないために、親会社のフォルクスワーゲンごと相手にする方針を選んなのだろう。井手恵生社長が自ら交渉に乗り込んだのも、価格より全株の取得を優先したためである。
買っただけで売れるようになったわけではない。同じ1986年に全株を取得したフォトマート社は『まだ効果は出ていない』と米山高範常務に言わせたままで、買収の当たり外れは分かれている。ロイヤル社で複写機の販売台数が3割増加した要因も、支店の機能を縮めてディーラーに余地を戻した営業政策と、タイミングよく投入できた新製品の両方にあった。