独EPCOSの買収(2008年・TDKの決断)

更新:
論点 手薄な高周波部品を買収で補完するか
TDK:業績の推移
売上高(億円)当期純利益率(%)
受動部品・センサー領域への事業補完

何をなぜ決めたか:受動部品・センサー領域への事業補完

概要

2008年7月31日、TDKがドイツの電子部品大手EPCOS AGと事業統合契約を締結し、同社の発行済普通株式を対象に1株17.85ユーロの公開買付けを実施した経営判断。2008年10月17日に発行済株式の84.3%を握って連結子会社とし、2009年3月末までの取得価額の総額は1,637億円、全額が現金で支払われた。上釜健宏社長の下で、手薄だった高周波部品・センサー・自動車向けモジュールと欧州基盤を補完する狙いで実施された。

背景

フェライトを原点とする素材・部品メーカーのTDKは、2000年代に入って事業の組み替えを進めていた。2005年10月に電源機器のデンセイ・ラムダの株式58.7%を取得して連結子会社とし、2007年8月にはTDKブランドの記録メディア販売事業を米イメーション社へ2億5,000万米ドルで譲渡、同年11月にはHDD用サスペンションのマグネコンプ(タイ)の74.3%を149億円で取得している。有報は、EPCOSとは「製品分野及びマーケットにおける重複部分が少なく、互いに補完する関係にある」と統合の理由を記す。

内容

公開買付けは2008年8月25日から10月27日まで実施された。TDKは公開買付けで23,890千株(36.0%)を635億円で取得し、決済日までの市場買付分を合わせて取得日の2008年10月17日には55,993千株(84.3%)・1,430億円を握った。追加の公開買付けを含め2009年3月末の保有は63,897千株(95.8%)、取得価額の総額1,637億円には2,843百万円の直接費用を含む。前期末の手元の現金及び現金同等物1,661億円とほぼ同じ規模の支出であった。

含意

EPCOSはミュンヘンに本社を置き、情報・通信技術、自動車・産業用電子機器、家電を中心に、欧州・アジア・北南米へ設計・製造・販売の拠点を持つ会社であった。TDKは取得価額のうち無形固定資産に325億円、のれんに311億円を配分し、技術127億円・顧客関係121億円を識別している。2009年10月に受動部品事業を新設分割してTDK-EPCを設立し、EPCOSの同事業と統合。受動部品を軸とする事業ポートフォリオへの転換がここで決まった。

いつ何が起きたか 7件
考察:弱点を企業ごと買収する
考察

考察:弱点を企業ごと買収する

この判断の核心は、自力の素材開発では短期に埋めにくい空白を、その領域で世界上位にある企業ごと取り込むという発想にあった。高周波部品やセンサー、自動車向けモジュール、そして欧州という販路は、いずれもTDKが長く弱点として抱えてきたものである。有報が統合の理由として記す「製品分野及びマーケットにおける重複部分が少なく、互いに補完する関係にある」という一文は、そのまま買収の設計図でもあった。取得価額の総額1,637億円は、前期末に手元にあった現金及び現金同等物1,661億円とほぼ同じ規模で、手持ちの現金を一度に吐き出す買い物であった。

もっとも、買った直後に来たのはシナジーではなく不況である。2009年3月期の連結は売上高7,274億円・営業損失543億円・当社株主に帰属する当期純損失631億円に沈み、有報の仮定情報は、仮に期首から結合していたとしても結合ベースの当期純損失は641億円に達したと記す。受動部品セグメントも初年度は326億円の損失で始まり、2011年3月期にいったん245億円の黒字へ浮上したのち、2012年・2013年3月期には再び損失に戻っている。それでも、この買収で立てた311億円ののれんには、2014年3月期まで一度も減損が計上されていない。同じ期間に減損が出たのは磁気応用製品の15億円とその他の5億円であり、買った事業そのものの価値は帳簿の上で維持された。受動部品は2014年3月期に売上高4,716億円・利益154億円へ戻り、以後の車載・スマートフォン向けの拡大を担う事業になった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

TDK:のれんと総資産の推移

のれん(百万円)
TDK:のれんと総資産の推移
(百万円) のれん総資産 備考
2005年3月期 9,210808,001 当時の連結貸借対照表では「営業権」として計上されている
2006年3月期 19,453923,503 増加は主にラムダパワーグループの買収による4,854百万円
2007年3月期 17,539989,304
2008年3月期 30,020935,533 マグネコンプの子会社化で10,143百万円、デンセイ・ラムダで3,074百万円
2009年3月期 55,1981,101,036 EPCOSの取得で31,097百万円を暫定計上。磁気応用製品で1,530百万円の減損
2010年3月期 52,0511,091,458 取得価額の配分が確定。取得・減損はなく、減少は外貨換算調整額による
2011年3月期 48,4881,060,853 取得も減損もなく、外貨換算調整額で3,563百万円減った
2012年3月期 47,3131,072,829 受動部品ののれんは24,285百万円。買収以来ここに減損の計上はない
2013年3月期 56,4381,169,642
2014年3月期 63,8911,239,589
出所:TDK 有価証券報告書 第110期〜第118期(連結貸借対照表、のれん及びその他の無形固定資産の注記、主要な経営指標等の推移)
出所:TDK 有価証券報告書 第110期〜第118期(連結貸借対照表、のれん及びその他の無形固定資産の注記、主要な経営指標等の推移)

TDK:受動部品セグメントの推移

外部顧客に対する売上高(百万円)セグメント利益率(%)
TDK:受動部品セグメントの推移
(百万円) 外部顧客に対する売上高セグメント利益 備考
2009年3月期 286,489△32,609 EPCOSの連結は2008年10月17日から。5か月半分しか含まれていない
2010年3月期 364,805△13,404 EPCOSが通年で寄与した最初の期
2011年3月期 425,53224,483
2012年3月期 381,576△6,610
2013年3月期 379,614△11,053
2014年3月期 471,67315,449
出所:TDK 有価証券報告書 第114期〜第118期(連結財務諸表注記 セグメント情報、事業の種類別セグメント情報)
出所:TDK 有価証券報告書 第114期〜第118期(連結財務諸表注記 セグメント情報、事業の種類別セグメント情報)

買収の条件

買収の条件
科目 概要 備考
被取得企業 EPCOS AG(ドイツ・ミュンヘン) 電子部品、モジュール、システムの大手メーカー。欧州・アジア・北南米に拠点
事業統合契約の締結日 2008年7月31日 骨子は公開買付けの実施、EPCOS経営陣による支持の表明、電子部品事業の分割
企業結合を行った主な理由 重複部分が少なく互いに補完する関係 同じ電子部品事業を営むなかで強力なシナジーを獲得できるとした(有報の記述)
公開買付価格 17.85ユーロ/株 対象はEPCOS AGの発行済普通株式
公開買付期間 2008年8月25日〜10月27日 結果を受けた追加の公開買付けを10月14日から10月27日まで実施した
企業結合の法的形式 現金を対価とする株式の取得 会計処理はパーチェス法。取得日以前は持分法を適用していた
取得日 2008年10月17日 同日よりEPCOS AG及びその子会社の経営成績を連結財務諸表に含めている
取得した議決権比率 84.3% うち公開買付けによる取得は36.0%。2009年3月末時点では95.8%
取得日時点の取得価額 143,026百万円 55,993千株。公開買付分23,890千株が63,560百万円
取得価額の総額 163,727百万円 2009年3月末で63,897千株(95.8%)。全額が現金で支払われた
取得関連の直接費用 2,843百万円 取得価額の総額に含まれている
受け入れた資産合計 287,835百万円 流動資産113,429、有形固定資産92,247、無形固定資産32,508、その他18,554
引き受けた負債合計 124,108百万円 流動負債70,381、固定負債46,654。ほかに少数株主持分7,073
のれん 31,097百万円 取得時の暫定値。2010年3月期に配分が確定し、暫定公正価値から重要な変更なし
のれんの償却方法 償却せず年1回の減損テスト 米国基準。税務上は損金算入できない。受動部品での減損計上はない
取得した無形固定資産 32,508百万円 償却対象27,560百万円の加重平均耐用年数は約5.7年
無形固定資産の主な内訳 技術12,698・顧客関係12,084百万円 ほかに特許権及びライセンス2,220、受注残434、仕掛研究開発799百万円
完全子会社化 2009年10月22日 ドイツ会社法に基づくスクイーズアウト。2,785千株を6,912百万円で追加取得
通期換算した売上高 849,250百万円 2009年3月期の期首に結合したと仮定した未監査の数値。実績は727,400百万円
通期換算した当期純損益 △64,180百万円 同じ仮定による未監査の数値。前年度の仮定値は75,469百万円の利益
受動部品事業の分割 2009年10月1日 分社型単独新設分割でTDK-EPCを設立し、EPCOSの受動部品事業と統合した
出所:TDK 有価証券報告書 第113期(2009年3月期)【経営上の重要な契約等】連結財務諸表注記(注23)買収・第114期(2010年3月期)(注22)買収
出所:TDK 有価証券報告書 第113期(2009年3月期)【経営上の重要な契約等】連結財務諸表注記(注23)買収・第114期(2010年3月期)(注22)買収
参考文献

参考文献

参考
  • TDK 有価証券報告書「第113期(2009年3月期)【経営上の重要な契約等】連結財務諸表注記(注23)買収」
  • TDK 有価証券報告書「第114期(2010年3月期)連結財務諸表注記(注22)買収・(注20)のれん及びその他の無形固定資産」
  • TDK 有価証券報告書「第110期〜第118期(連結貸借対照表、のれんの注記、セグメント情報、主要な経営指標等の推移)」
  • TDK 有価証券報告書「第112期(2008年3月期)【業績等の概要】連結財務諸表注記」

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