メイコーの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

作れる層数を一段ずつ上げ、その都度、作る場所も動かしてきた。1980年9月に綾瀬市の新本社工場で設計から最終製品までの一貫生産を敷き、その3か月後には多層プレス機を導入して多層プリント配線板の製造を始め、両面板の専業から抜けた。1997年11月には山形工場にビルドアップ新工法の建屋を新築している。層数を上げる投資と並行して生産地も移し、1998年8月の香港法人、同年12月の広東省南沙の製造法人を経て、2001年1月に広州工場を稼働させて生産の主力を中国へ移管した。2005年7月には湖北省武漢へ第二の製造法人を設立し、2007年1月にはベトナムのハノイへ進んだ。2008年3月には日本ビクターのサーキット事業を譲り受け、従業員147名ごと国内の商品力を補っている。生産地を先に動かしたことが、顧客が海外生産へ移るたびに受注を失う立場から、移った先で受注する立場へ同社を変えた。

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