スクウェア・エニックス・ホールディングスタイトーの株式公開買付けと完全子会社化による「100%保有戦略」の始動

IPだけを持つ会社が、なぜ全国のゲームセンターと業務用機器の事業を丸ごと買い取ったのか

時期 2005年8月
意思決定者(推定) 和田洋一 社長
論点 事業領域の拡張と顧客接点の獲得
概要
2005年8月22日、スクウェア・エニックスは東証一部上場のタイトー株式に対する公開買付けを取締役会で決議し、1株181,100円で発行済株式の93.70%を取得した。2005年9月28日にタイトーを連結子会社とし、2006年3月31日には完全子会社SQEXとの合併によって100%子会社化した経営判断である。
背景
2003年の合併で『ファイナルファンタジー』と『ドラゴンクエスト』を1社に集めたスクウェア・エニックスは、パッケージソフトの卸売を通じてしか顧客に届かない事業構造を抱えていた。買い取り対象のタイトーは1953年設立の老舗で、1978年の『スペースインベーダー』以来のアーケード資産と全国のゲーム施設を持ちながら、1986年以来の親会社である京セラのもとで次の成長像を描きあぐねていた。
内容
買付価格1株181,100円は直前6カ月の終値平均に約20%のプレミアムを乗せた水準で、買付予定数247,900株(67.00%)に上限を設けず、所要資金は451億60百万円を見込んだ。36.02%を持つ京セラは応募に同意し、タイトー取締役会も賛同を決議した。応募は346,689株に達し、残る少数株主は完全子会社SQEXとの合併で1株181,100円を受け取った。
含意
この買収でスクウェア・エニックスは店舗と業務用機器という毎日の現金収入を持つ事業を初めて抱えた。過半ではなく全株を握る手法は2009年の英Eidos買収へ引き継がれ、2008年10月の持株会社化で4セグメント体制が組まれた。海外スタジオが2022年に手放された後も、タイトーはグループに残り、2026年3月期に売上721億26百万円・営業利益88億77百万円を計上している。
筆者の見解

買ったのは事業ではなく、毎日の売上だった

この買収を、IPを持つ会社が店舗網を手に入れた話として読むと、狙いの半分しか見えない。スクウェア・エニックスが抱えていた不安定さは、ソフトの発売月に収入が集中し、開発が遅れれば期がまるごと空くという収益の形にあった。全国のゲームセンターと業務用機器のレンタルは、当たり外れの幅が小さいかわりに、賃料と機器投資という固定費を毎月生む事業でもある。振れ幅の大きい収入に、振れ幅の小さい収入を足す——その足し算は、買収から数年のあいだ、売上規模だけを倍にして利益には現れなかった。

全株を取るという手法についても、和田洋一社長が会見で語った「どちらが親会社かは関係ない」という言葉と、少数株主を一人も残さない設計とは、見かけほど矛盾していない。ブランドと現場は残し、資本と意思決定だけを一本化する。同じ考え方が2009年のEidos買収へ運ばれ、海外では13年後に撤回された。国内で買ったタイトーだけが20年後も残り、2026年3月期には営業利益88億77百万円をグループに納めている。買い物の巧拙が判るまでに、それだけの時間がかかった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

ソフトを作る会社に顧客接点がなかった

2003年4月の合併で発足したスクウェア・エニックスは、『ファイナルファンタジー』と『ドラゴンクエスト』という日本の家庭用ゲームを代表する2系列を1社に集めた会社であった。2005年3月期の連結売上高に占めるゲーム事業は419億44百万円で、構成比は57%に達している。ただし、この売上はハードメーカーと問屋を経てパッケージが店頭に並ぶ流通に乗ったもので、遊んでいる人に会社が直接触れる場面はほとんどなかった。ソフトの出来がそのまま業績になり、発売の谷間には収入が細る構造がついてまわった[1]

和田洋一社長は、業界そのものが作り替えの時期に入っているとみていた。公開買付けの開始を伝える2005年8月22日の開示文書は、テレビゲーム・アミューズメント産業が情報通信技術の発達に伴う産業構造の一大変革期を迎えつつあり、これに対応するには商品・サービスの品揃えを広げる総合化が欠かせないと述べている。ソフト1本ごとの当たり外れに収益を委ねる形から抜けるには、作ったものを届ける経路そのものを自社で持つ必要があった[2]

京セラ傘下で止まっていた老舗タイトー

買い取りの相手となったタイトーは、1953年8月24日に太東貿易株式会社として設立された会社である。輸入雑貨の販売やウオッカの醸造から出発し、1978年に発表した『スペースインベーダー』で日本中のゲーム機市場を作り替えた。1986年には京セラの資本参加を受けて京セラグループの一員となり、2005年時点ではゲーム施設運営事業、業務用ゲーム機器事業、業務用カラオケ事業、家庭用ゲームソフト事業、コンテンツサービス事業を営んでいた。代表取締役社長は西垣保男氏が務めていた[3][4]

もっとも、老舗としての資産は次の成長像に結びついていなかった。発行済株式370,000株のうち36.02%にあたる133,260株を京セラが握り、残りは海外の個人株主や信託銀行に散っていた。西垣社長は買収発表の記者会見で、現場として変わらなければならないと考えており悩んでいたと率直に述べ、スクウェア・エニックスのセンスを入れることでディメンションの変化を起こせるのか実験したいと語っている。売り手側にも、資本の親を替えることで事業を動かし直したいという意向があった[5][6]

決断

1株181,100円、上限なしの公開買付け

2005年8月22日、スクウェア・エニックスは取締役会でタイトー株式の公開買付けを決議した。買付価格は1株181,100円で、8月19日までの6カ月間の東京証券取引所における終値平均に約20%のプレミアムを乗せた水準にあたる。買付期間は8月23日から9月21日までの30日間、公開買付代理人は野村證券、買付けに要する資金は451億60百万円を見込んだ。日経クロステックはこの案件を、タイトーが持つゲーム施設や『電車でGO!』などの資産を取得して従来のジャンルの枠を超えた総合ゲーム会社を目指すものと伝えている[7][8]

設計の要は、買い付ける株数に上限を置かなかった点にある。応募が買付予定数247,900株(67.00%)に満たなければ買付けを行わない条件だけを付し、それを超えた分は全部引き取る組み立てとした。あらかじめ京セラから応募の同意を得ており、タイトー取締役会も同日に賛同を決議している。3社は同日付で合意書に調印し、買付けの成功に向けて協力することを約束した。過半数を押さえて経営権を握るのではなく、最初から全株を取りにいく設計であった[9][10]

「どちらが親会社かは関係ない」——ブランドを残す全株取得

同日の共同記者会見で和田社長は、どちらが親会社でどちらが子会社といった話はまったく関係ないと述べ、タイトーを完全に取り込んでしまうのではなく完全子会社としてブランドは存続させる方針を示した。両社は事業やゲームのジャンルで重複が少なく相互補完できるとし、提携の申し入れは同年4月に、資本提携や事業提携という枠を決めずに広範囲な議論として始まったと明かしている。買い手の側から見れば、全株を握ることと相手の看板を残すことは矛盾しない設計であった[11]

残る少数株主の扱いも当初から用意されていた。公開買付けで全株を取得できなかった場合には、産業活力再生特別措置法に基づく事業再構築計画の認定を受け、同法第12条の9による金銭交付の株式交換で完全子会社化する構えであった。ところが手続きの迅速性と財務戦略を総合的に考えた結果、2005年12月12日の取締役会でこの方法を改め、完全子会社である株式会社SQEXとタイトーを合併させる方式に切り替えた。SQEXを存続会社としてタイトーは解散し、合併期日をもってSQEXがタイトーへ商号を変更する組み立てで、株主には1株につき181,100円が渡る計算に合わせられた[12][13]

結果

93.70%の取得と、売上規模だけが倍になった数年

応募は下限を大きく上回った。買付期間の終了時点で応募株券は346,689株に達し、その全部を買い付けた結果、2005年9月28日にタイトー発行済株式370,000株の93.70%を取得した。取得額は627億85百万円で、当初見込みの451億60百万円を上回った。タイトー株は2006年3月7日に上場廃止となり、3月31日の合併期日をもって完全子会社となった。1953年の設立から半世紀余りを東証一部で過ごした老舗が、市場から退いた[14][15]

買収の効果は、まず連結の見かけに表れた。2006年3月期の連結売上高は1,244億73百万円、営業利益154億70百万円で、タイトーを含むAM等事業は半期分だけで410億69百万円を計上した。翌2007年3月期にはAM等事業の売上が756億10百万円へ伸び、連結売上高1,634億72百万円のおよそ半分を占めるまでになる。ただし同事業の損益は3億51百万円の営業損失で、店舗の賃料と機器の入れ替え投資が重く、売上の大きさが利益に直結しなかった。和田社長はこの買収をM&Aによる領域拡張の第一手とし、2008年10月には持株会社体制へ移り、ゲーム・アミューズメント・出版・ライツプロパティの4セグメントを並べた[16][17]

20年を経て残ったもの

全株を握る手法はここで終わらなかった。2009年4月、同社は英国のEidos plcを完全子会社化し、海外のIPと開発スタジオにも同じやり方を当てはめる。和田社長は当時のインタビューで、権利処理への障害のない自社IPを基にコンテンツを多面展開するのが基本戦略だと述べており、タイトーで採った全株取得は海外にも引き継がれた。もっともアミューズメント事業の道のりは平坦ではなく、2013年3月期には売上442億76百万円に対し3億53百万円の営業損失、2021年3月期には新型コロナウイルスによる休業で売上331億63百万円・営業損失15億68百万円まで落ち込んだ[18][19]

海外側の全株取得は2022年に手放され、Crystal Dynamicsなど3スタジオと関連IPがEmbracer Groupへ譲渡された。国内で買った店舗と機器の事業はそのまま残り、2026年3月期のアミューズメント事業は売上721億26百万円・営業利益88億77百万円と、前期比で増収増益を記録した。連結売上高2,976億61百万円のうち約4分の1をこの事業が占め、既存店売上と施設向け景品の販売が伸びを支えている。2005年に451億円の予定で始まり627億円で決着した買い物は、20年を経て、ソフトの発売時期に左右されない現金収入としてグループに残った[20][21]

出典・参考

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