この判断を小売業への進出として採点すると、成績はよくない。店舗数はピークから半減し、単体で見た収益も長く赤字であった。ただ、山崎製パンがこの網に求めていたものは、小売事業そのものの利益とは少し違っていたと思われる。量販店とコンビニに売り場が移るなかで、減少していく取引先のパン屋を業態ごと作り替え、自社製品を置く棚を残す——1977年からの転換は、販売店網という収益基盤を守るための投資という色合いが濃い。棚を確保するための費用として見れば、評価の物差しも変わってくる。
もっとも、その割り切りは同時に上限も定めていた。パンを売るための売り場という性格を保ったまま、大手チェーンが競う商品開発や物流の速さに追いつくのは難しく、専用販路という利点がそのまま伸び悩みの理由にもなった。2013年に本体へ取り込んで営業部門の一部としたのは、小売として独立採算を追う建前を降ろし、当初の位置づけに戻す整理だったのだろう。売り場を自ら持つか、他人の棚で競争優位に立つか——製造業が販路を抱えるときの問いは、現在も残っている。