キユーピー卵素材品を分離してキユーピータマゴを設立し、ファインケミカル分野へ進出して副産物を機能性素材に変える
マヨネーズの主原料をどこまで使い切るか——1977年から1981年にかけて固めた卵の事業化
- 概要
- キユーピーは1977年5月に卵素材品の販売部門を分離してキユーピータマゴを設立し、1981年12月にはファインケミカル分野へ進出して卵黄レシチンなどの製造を始めた。マヨネーズの主原料である卵を、素材として外へ売る事業と、機能性素材へ加工する事業の二方向へ広げた判断であった。
- 背景
- 1925年に発売した「キユーピー マヨネーズ」は卵黄だけを使う設計で、卵白が副産物として残った。1941年に出荷量が約500トンに達した時点で卵白の活用が課題となり、生産の拡大は卵白・卵殻・卵殻膜の量をそのまま増やした。
- 内容
- 1977年5月2日にキユーピータマゴを設立し、割卵した液卵・凍結卵などのタマゴ素材品への加工を専門化して業務用の外販へ向けた。1981年12月にファインケミカル分野へ進出し、翌1982年にFC1号棟を施工して卵黄レシチンの販売を始めた。
- 含意
- 卵黄レシチンに続き、1983年に塩化リゾチームと化粧品用ヒアルロン酸、1985年に卵白ペプチド、1990年に加水分解卵殻膜と素材が増えた。ファインケミカルはFY2025に売上118億円・利益7億円のセグメントとなり、通信販売を含む高収益領域へ育った。
主原料を深く扱うという選択
この判断を、廃棄物の再利用という話に縮めて読むと、性格を見誤ることになる。1977年のキユーピータマゴ設立は、卵の加工を専門の会社に任せて外へ売るという流通の設計であり、1981年のファインケミカル進出は、食品会社が化粧品や医薬品の原料供給者として別の産業へ入っていく決断であった。二つに共通するのは、主原料をどれだけ深く扱えるかを競争力の源と見たことであり、完成品の市場が成熟しても原料の側にはまだ手つかずの領域が残っているという読みであったとみられる。
成果が数字に表れるまでには長い時間がかかった。ヒアルロン酸は1983年の開発着手から食品用の販売まで9年、医薬品用まで12年を要している。四半期ごとの評価では正当化しにくい速度であり、卵を大量に使い続ける本業があったからこそ続けられた研究でもあった。副産物を扱う事業は、本業の規模に守られる一方で、本業が縮めば原料の供給も細るという関係にある。原料に深く入り込むという選択が、どこまで本業から自立した収益源になりうるのか——その問いは、いまも同社の事業構成に残っているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
卵黄型マヨネーズが抱え込んだ副産物
キユーピーのマヨネーズは、出発点から卵の一部しか使わない商品であった。1925年に発売した「キユーピー マヨネーズ」は、欧米で一般的な全卵型ではなく卵黄だけを使う設計で、栄養価の高さを売りにした。卵黄を取れば卵白が残る。生産が増えれば残る量も増えるという関係は避けられず、1941年に出荷量が約500トンに達した時点で、同社は卵白の有効活用を模索し始めた。原料の使い残しは、製造規模の拡大とともに重くなる性質のものであった[1][2]。
副産物として残るのは卵白だけではない。割卵の工程では卵殻と、その内側にある卵殻膜も大量に生じる。キユーピーは、卵には生命の誕生に必要な成分がすべて含まれているという見方から、これらを有効に活用するための研究を続けてきた。卵白の活用に取り組んだのち、卵黄や全卵も加工して販売するようになり、原料を仕入れて調味料に変えるだけの会社から、原料そのものを分解して売る会社への道が社内に開いた[3]。
主戦場の成熟と、自社販売がもたらした業務用の窓口
1970年代のキユーピーは、主戦場が競争の場へ変わる過程にあった。家庭用マヨネーズには1968年に味の素が参入し、それまでの独壇場は崩れた。調味料そのものは少品種を大量に作って売る商いであり、数量が伸びなければ工場も原料調達も余る。マヨネーズの内側で勝ち続けることと、マヨネーズの外側に収益を作ることは別の課題であり、後者の答えは主原料である卵の側にあった[4]。
売り先の側も変わっていた。キユーピーは1972年12月に中島董商店の得意先販売網を引き継いで20営業所の自社販売へ移り、1973年9月には冷凍冷蔵食品のキユーピーフローズンを設けている。外食や食品加工の現場と直に向き合う経路を自社に持ったことで、割卵した液卵や凍結卵を求める業務用の需要が、伝聞ではなく注文として社内へ届くようになった。素材を外へ売る事業は、この販売体制の変更と同じ時期に輪郭を得ている[5]。
決断
卵素材品の分離独立とファインケミカルへの進出
最初の一手は会社を分けることであった。1977年5月2日、キユーピーは卵素材品の販売部門を分離独立させ、キユーピータマゴ株式会社を設立した。卵を割って冷蔵・冷凍した液卵・凍結卵などのタマゴ素材品に加工し、その業務をさらに専門化して顧客の求めに応えることを設立の目的に掲げている。調味料の原料工程を社内の一部門に置いたままにせず、外販を前提とする別会社に組み替えた点に、素材を事業として扱う意図が表れていた[6][7]。
二手目は、食品の外へ出ることであった。1981年12月、キユーピーはファインケミカル分野へ進出し、卵黄レシチンなどの製造を始めた。翌1982年にはFC1号棟を施工して卵黄レシチンの販売に入っている。卵黄レシチンは卵黄に含まれるリン脂質で、天然の乳化剤として食品のほか化粧品や医薬品にも使われる。マヨネーズの製造で培った乳化の知見を、調味料という完成品ではなく素材の形で他産業へ売るという事業の型が、ここで定まった[8][9]。
結果
素材の数が増え、事業として自立するまで
卵黄レシチンに続いて、素材の品目は年を追って増えた。1983年に塩化リゾチームの製造承認を取得して販売を始め、同じ年に鶏冠由来の化粧品用ヒアルロン酸を開発した。1985年に卵白ペプチド、1988年に卵黄リゾレシチン、1990年に加水分解卵殻膜、1992年に食品用ヒアルロン酸、1995年に医薬品用ヒアルロン酸と続き、精製ラインの増設も1984年と1990年に行われている。卵白から始まった副産物の利用は、十数年をかけて食品・化粧品・医薬品の三分野にまたがる素材群へ広がった[10]。
卵を余さず使うという考え方は、その後の経営にも引き継がれた。2004年の時点でキユーピーはマヨネーズの主原料である鶏卵を年23万トン使用しており、これは国内生産量の約9%に当たる。同社はタマゴR&Dセンターを設けて卵殻などの用途開発に取り組み、卵殻膜の微粉を織り込んだストッキングが2003年にアツギから発売されるなど、廃棄されていた部位を機能性素材として売る商いが形になった。原料の使用量が大きいことが、そのまま副産物の事業機会になるという関係がここに現れている[11]。
副産物から高収益セグメントへ
現在のキユーピーで、ファインケミカルは報告セグメントの一つに数えられている。FY2020に売上79億円・利益11億円であったこの区分は、FY2025には売上118億円・利益7億円となった。売上の規模は連結の2%あまりにとどまるものの、2026年度の計画では国内売上の増加による利益増14億円のうち約10億円をファインケミカルの通信販売事業が占める見込みで、同社はこの領域を高い事業利益率を確保している事業と位置づけている。1981年に始めた素材事業は、成熟した調味料の外側で利益を作る役を負っている[12][13]。
素材品の側も、分離独立した会社のまま今日まで残った。キユーピータマゴは2018年12月にカナエフーズと合併して新たなキユーピータマゴとして再出発し、2024年12月には全農・キユーピー・エッグステーションとも合併している。1977年に一部門を切り出して始めた外販の会社が、半世紀近くを経てグループ内の卵事業を集める受け皿になった。素材を専門会社へ委ねる形は、キユーピー本体が調味料と加工食品に集中するうえでも働いてきたとみることができる[14]。
- キユーピー 有価証券報告書【沿革】
- キユーピー 有価証券報告書(連結・セグメント情報)
- キユーピー公式サイト「キユーピーの歩みと未来」
- キユーピー ファインケミカル公式サイト(ファインケミカルの歩み)
- キユーピータマゴ公式サイト(沿革・会社案内)
- 日経ビジネス 2004年3月29日号「新市場へ体当たり宣言 キユーピーの新社長鈴木豊氏」
- キユーピー 2025年度決算説明会 主な質疑応答(2026年1月14日)