決断
多角化で行き詰まるたび、農業と商品開発という自前の工程へ戻ってきた。1980年代に薬草飲料・パスタ・米国での現地生産へ広げた多角化は実らず、1991年に社長へ就任した蟹江嘉信氏は約1,000あった商品を600品目ほどへ絞った。1996年には"農業への原点回帰"を掲げ、1998年に茨城県美野里町の農家と農業法人を設立して自社の大型温室で生食用トマトの生産を開始した。加工用トマトを農家に作らせて買い取る会社が、生食用の野菜を自ら育てる側へ回った転換で、生鮮野菜が黒字を確保するまでに十年余りを要した。2002年10月には喜岡浩二氏が単発のヒットに依存しない開発の仕組みを入れ、売上高に占める新商品比率20%以上を数値目標に据えて全社員から提案を募った。"野菜一日これ一本"など年商100億円級の商品が続き、2007年3月期は売上高・経常利益とも過去最高を更新した。
2002年10月 商品開発体制の刷新
業績の推移2001 2007 売上高(億円) 1,352 1,870 経常利益率(%) 4.7 4.4 2001年8月 個人株主10万人構想
業績の推移2000 2001 2006 売上高(億円) 1,260 1,352 1,665 経常利益率(%) 4.1 4.7 4.1 1998年 生鮮トマト事業への参入
生鮮トマト事業への参入多角化と国際化の行き詰まりを受け、自らの強みが利く農産物へ立ち返り、加工用の契約栽培とは別に生食用トマトを自社の大型温室で直接生産する生鮮事業へ参入した判断同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1997 1998 2001 売上高(億円) 1,080 1,124 1,352 経常利益率(%) 1.9 3.6 4.7 1960年 デルモンテとの提携拒否
業績の推移1959 1960 1965 売上高(億円) 24 29 69