連続ヒットを生む「野戦型」商品開発改革

単発のヒットに頼らず、なぜ喜岡社長は新商品比率を指標に据えて開発の体質そのものを変えようとしたのか

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時期 2002年10月
意思決定者 喜岡浩二氏 カゴメ 代表取締役社長
論点 商品開発体質の刷新と連続ヒットの創出
概要
2002年10月に社長へ就任した喜岡浩二氏は、「籠城型ではなく野戦型」を掲げ、単発のヒットに頼らず連続してヒットを生み出す商品開発の体質へとカゴメを作り替えた。全社員から提案を募る仕組みと新商品比率の数値目標を導入し、野菜飲料を軸に年商100億円級のヒットを相次いで放った経営判断。
背景
就任当時のカゴメは、成熟したトマトジュースやケチャップを抱える一方で飲料市場全体の伸び悩みに直面し、新たな成長の牽引役を欠いていた。食品業界は商品の入れ替わりが速まり淘汰の時代に入りつつあり、一度きりのヒットでは収益が安定しない構造にあった。
内容
喜岡社長は量的拡大より質的成長を掲げ、社内イントラで全社員から提案を募る「商品開発知恵袋」と、売上高に占める新商品比率20%以上を目指す「新需要創造力指標」を導入した。野菜の色と機能を分かりやすく伝えるブランド戦略を開発と一体で組織に埋め込んだ。
含意
「野菜一日これ一本」やラブレなど年商100億円級のヒットが相次ぎ、2007年3月期は売上高・経常利益とも過去最高を更新した。連続ヒットを組織の仕組みに宿らせる発想は、後年の「野菜の会社」への転換の土台となった。
筆者の見解

筆者見解

喜岡社長の改革が示したのは、ヒットを個人の才覚ではなく組織の仕組みに宿らせようとする発想であったといえる。新商品比率という指標や全社員参加の提案制度は、一発の当たりに一喜一憂する開発から、外れを織り込みつつ打席に立ち続ける開発へと、評価の軸をずらす試みだったとみることができる。まだ市場の若かった野菜飲料の領域でこそ、その仕組みは噛み合ったとみられる。

一方で、同じ時期のカゴメが抱えていたのは、ケチャップやソースなど伝統的な食品分野の苦戦であり、赤字が続く生鮮トマトの菜園事業や海外子会社の重さであった。連続ヒットの体質が飲料以外の領域にも及ぶのか、機能訴求が過熱して「医」に近づきすぎる懸念をどう避けるのか。野戦型の改革が全社の構造改革にまで届いたのかは、なお見届ける段階にあるとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

伸び悩む飲料市場と喜岡社長の就任

2002年10月、カゴメは喜岡浩二氏を社長に迎えた。1996年の伊藤正嗣氏に続く非創業家からの社長で、就任時のカゴメはトマトジュースや野菜生活100を抱えながらも、飲料市場全体の伸び悩みに直面していた。単発のヒット商品は出ても、それが一度きりで終われば収益は安定しない。食品業界は商品の入れ替わりとマーケットの変化が速まり、淘汰の時代に入りつつあった。喜岡社長は量的な規模拡大ではなく質的な成長を掲げ、ヒットを一度で終わらせない体質づくりを経営の主題に据えた[1]

就任当時の業績は決して盤石ではなかった。2006年3月期の単体売上高は1,665億円、経常利益は68億円にとどまっていた[2]。成熟したトマトジュースやケチャップ、ソース類は成長の勢いを欠き、新たな牽引役を欠いたまま飲料市場の停滞に飲み込まれれば、収益は先細りしかねない位置にあった。喜岡社長は安定株主に守られて内に籠もる「籠城型」の経営から、市場へ打って出る「野戦型」へと社内の体質そのものを変える構えを見せた。

決断

「野戦型」への転換と二つの仕掛け

喜岡社長が掲げたのが「籠城型ではなく野戦型」という標語であった。安定株主に守られて内に籠もるのではなく、業務提携にも積極的に踏み出し、市場に打って出て新しい需要そのものを創り出す。トマトの会社という枠を越え、野菜が持つ機能を分かりやすいメッセージに翻訳して発信する力を、商品開発と一体で組織に埋め込もうとした。単なる収益規模の拡大ではなく、ヒットを連続して打てる「体質」への作り替えを、社長は改革の核心に置いた[3]

体質を変えるための仕掛けは二つあった。一つは「商品開発知恵袋」で、社内イントラネットを通じて全社員から商品開発の提案を募り、その対象を社員の家族にまで広げた。もう一つが「新需要創造力指標」で、売上高に占める新商品比率を20%以上とする目標を掲げた。2007年3月期の新商品比率は15.7%とまだ目標には届かなかったが、研究開発部隊を含めて社内で新商品を絶えず生み出す意識が高まった。属人的なひらめきに頼らず、連続ヒットを制度として担保しようとする設計であった[4]

「ラブレ」の粘り勝ち

連打の体質を象徴したのが植物性乳酸菌飲料「ラブレ」であった。ラブレ菌は京都の伝統的な漬物「すぐき漬」から見出された植物由来の乳酸菌で、当初は菌を発見した岸田綱太郎博士から「飲料には不向き」とされ、社内でも販売見通しは消極的だった。カゴメは2002年11月に菌の研究を進めていた雪印ラビオ(現カゴメラビオ)の全株式を取得して研究テーマを移管し、強すぎる菌の力を抑えつつ味を保つ製法を確立した。喜岡社長だけは自信を持ち、2006年1月の記者会見で初年度売上目標100億円を掲げた[5]

結果

年商100億円ヒットの連打

改革は連続ヒットとして結実した。2007年前後のカゴメは「野菜一日これ一本」、野菜生活100シリーズの「紫の野菜」「黄の野菜」、そして「ラブレ」と、年商100億円を超えるヒット商品を相次いで送り出した。野菜の色と機能を結びつけ、「紫」はアントシアニン、「黄」はβカロテンというように機能性を分かりやすいメッセージに翻訳したことが需要喚起につながった。ラブレは発売直後に当初見通しの3〜5倍の注文が殺到し、一時は店頭から姿を消すほどの反響を呼んだ[6]

個々の商品でも成果は数字に表れた。2004年8月発売の「野菜一日これ一本」は、発売から1年で売上約50億円、翌年度は計画比のおよそ1.5倍にあたる80億円の見込みで推移した。一日に必要とされる野菜350グラムを一本で賄えるという「驚き」と「一日一本」という「言い切り」を前面に出し、担当した鶴田秀朗氏は購入者の約4割を20代が占めたと語った。健康を気にする中高年が中心だった野菜飲料の客層を、若年層へと押し広げた[7]

過去最高益とアサヒビール提携

業績も過去最高を更新した。2007年3月期の単体売上高は1,870億円、経常利益は83億円と、いずれも前期を上回った[8]。個人株主は13万人を超え、2007年6月の株主総会には前年を上回る1,894名が出席した。同年2月にはアサヒビールと資本・業務提携を結び、第三者割当増資でアサヒがカゴメ発行済株式の10%を握る筆頭株主となった。「鎖国型ではなく開国型」を掲げる喜岡社長にとって、提携は買収防衛と既存事業の専門性の深化を兼ねる一手であった[9]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2007年7月28日号「大ヒット飲料連打の裏側 新しい市場創出に実る カゴメの『野戦型』改革」
  • 週刊東洋経済 2005年8月20日号「マーケティングの達人に会いたい 第91回カゴメ 『野菜一日これ一本』 『驚き』と『言い切り』で20代を攻略」
  • カゴメ 有価証券報告書(2006年3月期・単体)
  • カゴメ 有価証券報告書(2007年3月期・単体)

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