決断
一度の破綻で決めた無借金が、以後70年の判断を縛った。関西進出計画の失敗と創業家二代目の株式投資で経営が行き詰まり、1954年に会社更生法の適用を受けた。1959年に更生債務を一掃したのち長期・短期とも借入金は皆無になり、自己資本比率は1972年9月期の62.4%から2007年3月期末の75.75%へ上がる。同じ期の連結貸借対照表には現金及び預金18億円、土地27億円、投資有価証券84億円が並んだ。この厚い換金性資産が米系ファンドの目に留まり、2007年7月に新株予約権の無償割当で買収防衛策を発動した。借金をしないと決めたことが高い自己資本比率を作り、その資産価値が株価に映らない状態が、53年後の公開買付を誘発した。
2007年7月 スティールへの買収防衛策
業績の推移2006 2007 2012 売上高(億円) 147 168 167 純利益率(%) 125.9 3.0 3.6 1954年 会社更生法による再建