創始者の中島董一郎氏は缶詰会社の若狭商店に勤めたのち、1912年に農商務省の海外実業練習生として英米へ渡り[1]、約3年の滞在でマヨネーズとオレンジママレードに出会った。栄養状態の乏しかった当時の日本人の体格を食で底上げしたいという発想がここで芽生え、帰国後の1918年に缶詰販売の中島商店を、翌1919年には東京・中野に製造会社の食品工業株式会社を設けて、ソース類や缶詰の生産から事業を起こした。[2]輸入頼みだった洋風調味料を国内で作るという構想は、留学で得た知見を事業へ翻訳したものだった。
1925年、食品工業は卵黄を使った国産初のマヨネーズを製造・販売した[3]。栄養価の高い卵黄タイプは欧米の一般的な全卵型と異なる独自の設計で、商品名には当時人気だったキャラクターのキユーピーを冠した。[4]食の洋風化が緒に就いたばかりの市場で家庭にマヨネーズを根づかせる仕事は容易でなく、普及には長い年月を要したが、この一品が同社を調味料メーカーへ導く出発点になった。乳化と缶詰の技術は、のちにジャムやパスタソース、さらには介護食といった新たな加工食品を生む土台にもなった。
食品工業は製造に徹し、販売は中島董一郎氏が営む中島董商店が担うという分業の形で、まだ家庭になじみの薄かったマヨネーズを地道に世へ広げた。作り手と売り手を分けるこの体制は1972年まで続き[5]、販路の開拓と得意先との関係づくりを商店側が引き受けることで、製造会社は生産と品質の改良に資源を集中できた。原料の入手が困難になった戦中には製造を一時中断したが、1948年にマヨネーズの生産を再開[6]し、戦後の食生活の洋風化とともに失った需要を取り戻した。
マヨネーズと並ぶもう一つの柱がジャムであり、その源流は1932年に中島董一郎氏が全額出資して広島県竹原市忠海に設けた旗道園にさかのぼる。[7]ブランド名のアヲハタは、英国滞在中に見たケンブリッジとオックスフォードのボートレースで両校が掲げた青一色の校旗に由来し[8]、当初のアオハタから字面の整うアヲハタへ改めた。缶詰と乳化の技術を果実加工へ応用したこのジャム事業は、後年キユーピーの連結子会社として本体と結びつき、グループの食の幅を支える存在になった。
1957年、食品工業は社名をキユーピー株式会社[9]へ改めた。日本語でも英語でも通じる商品名をそのまま会社の名とすることで、まだ内需中心だった当時から将来の国際展開を視野に入れた選択だった。1960年代には食酢を内製するため西府産業(現キユーピー醸造)を、倉庫部門を分けてキユーピー倉庫(現キユーソー流通システム)をそれぞれ設け[10]、原料と物流を自前で握る垂直統合を進めた。倉庫会社は1971年に運送部門も引き継ぎ、1976年7月にキユーピー倉庫運輸、1989年12月にキユーピー流通システム、2000年4月にキユーソー流通システム[11]へと、扱う領域の広がりに合わせて商号を改めていく。事業の裾野を広げながら、同社は創業家の同族商店という色合いから、生産と流通を備えた近代的な食品メーカーへと姿を変えた。
1970年7月、キユーピーは東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し[12]、1973年4月には第一部銘柄に指定された。[13]上場は資本調達の道を広げるとともに、創業家の商店と一体だった同族経営に、開示と説明責任を伴う公開企業としての規律を持ち込む契機になった。上場の前後で同社は生産・販売・物流を束ねる体制を整え、家庭用マヨネーズという主力商品を軸に全国の小売へ届く流通の足場を築いた。株式公開は、留学帰りの缶詰商が興した会社が半世紀をかけて社会的な信用を積み上げた到達点でもあった。
1972年12月、キユーピーは製品の[14]一括販売を担ってきた中島董商店の得意先網を引き継ぎ、20の営業所を構えて自社販売へ切り替えた。半世紀にわたった製販分離をあらため、作る側が売る側も併せ持つことで、店頭や需要の変化を生産や商品企画へ直接跳ね返せる体制になった。翌1973年には冷凍冷蔵食品のキユーピーフローズン[15](現デリア食品)を設けるなど、調味料の周辺へ事業の腕を伸ばし始めた。流通を自ら握ったこの転換は、のちにコンビニ向けの惣菜・サラダ事業を全国の店頭へ届けるうえで欠かせない足場になった。
主原料の卵をめぐる探索は、調味料メーカーの枠を超える事業を生んだ。1977年に卵素材品の部門を分離してキユーピータマゴを設立し[16]、業務用の液卵や加工卵を外販する道を開いた。さらに1981年には卵黄レシチンなどを手がけるファインケミカル分野へ進出し[17]、食品の製造で出る副産物を機能性素材へ変える研究に着手した。1982年には米国カリフォルニア州にQ&B FOODS, INC[18].を設けて初の海外生産に乗り出し、マヨネーズで培った卵と乳化の技術を国内外の隣接領域へ広げる多角化の路線が、この時期に定まった。
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|---|---|---|---|---|
| 1919〜1957年缶詰商が持ち帰った国産マヨネーズと製販分離で築いた食品会社の骨格 | 食品工業として設立 | ★ | ||
| キユーピーマヨネーズの製造を開始 | ★★ | |||
| 稲野工場を新設 | ★ | |||
| マヨネーズ・フルーツ缶詰の製造を開始 | ★ | |||
| 一時中止していたマヨネーズの製造を再開 | ★ | |||
| 東京工場を新設、マヨネーズの製造 | ★ | |||
| 社名を食品工業からキユーピーへ変更 | ★ | |||
| 1957〜1985年キユーピー改称と株式上場を経て製販統合と多角化へ舵を切る | 本社を移転 | ★ | ||
| 西府産業を設立 | ★ | |||
| 鳥栖工場を新設 | ★ | |||
| 倉庫部門を分離しキユーピー倉庫を設立 | ★ | |||
| 本社を移転 | ★ | |||
| 株式を東京証券取引所市場第二部に上場 | ★ | |||
| 中島董商店の得意先販売網を引き継ぎ、半世紀続いた製販分離を解消して自社販売へ移行 1972年12月、キユーピーは製品の一括販売先であった中島董商店の得意先販売網などを引き継ぎ、20営業所を構えて自社販売へ切り替えた。1925年のマヨネーズ発売以来つづいた製造と販売の分業を、半世紀を経てあらためた判断であった。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 20営業所を展開 | ★ | |||
| 卵素材品の販売部門を分離独立させ、キユーピータマゴを設立 | ★★ | |||
| ある旧仙川工場の分工場を中河原工場として独立 | ★ | |||
| 卵素材品を分離してキユーピータマゴを設立し、ファインケミカル分野へ進出して副産物を機能性素材に変える キユーピーは1977年5月に卵素材品の販売部門を分離してキユーピータマゴを設立し、1981年12月にはファインケミカル分野へ進出して卵黄レシチンなどの製造を始めた。マヨネーズの主原料である卵を、素材として外へ売る事業と、機能性素材へ加工する事業の二方向へ広げた判断であった。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 卵黄レシチンなどの製造を開始 | ★★ | |||
| Q&B FOODS, INC.を設立 | ★★ | |||
| 旧伊丹工場の分工場として泉佐野分工場を新設 | ★ | |||
| 1985〜2009年成熟した調味料市場の競争のなかで卵と惣菜へ成長軸を移す | 中河原工場の分工場として階上工場を新設 | ★ | ||
| 北京丘比食品有限公司を設立 | ★★ | |||
| サハ・パタナとの合弁でAKESAOVAROS CO.,LTD.を設立 | ★ | |||
| 杭州丘比食品有限公司を設立 | ★ | |||
| 鈴木豊 | KEWPIE MALAYSIA SDN.BHD.を設立 | ★ | ||
| 2009〜2025年グローバル展開の加速と国内構造改革で挑む2030ビジョン | 三宅峰三郎 | 旧仙川工場跡地に「仙川キユーポート」を開設 | ★ | |
| 三宅峰三郎 | パン周り商品販売事業をアヲハタへ分割譲渡 | ★ | ||
| 三宅峰三郎 | アヲハタを子会社化 | ★★ | ||
| 三宅峰三郎 | 神戸工場を新設 | ★ | ||
| 長南収 | 中国統括会社である丘比有限公司を設立 | ★ | ||
| 長南収 | 旧伊丹工場跡地に、生販物一体型の拠点である「関西キユーポート」を開設 | ★ | ||
| 長南収 | キユーソー流通システム株式の一部を立会外分売で譲渡し、物流子会社を連結から外す 2021年1月7日、キユーピーは取締役会で連結子会社キユーソー流通システム(KRS)株式の一部売却を決議した。KRSが実施する立会外分売により253,600株を売却し、議決権所有割合を51.60%から49.56%へ下げて、KRSと子会社14社を2021年11月期から持分法適用関連会社へ移した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 髙宮満 | 深谷ベジタブルコミュニケーションを設立 | ★ | ||
| 髙宮満 | 連結子会社であるアヲハタと株式交換を行い、同社を完全子会社へ変更 | ★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(キユーピー)