決断
需要が動く前の設備に、そのつど年商を超える金額を投じてきた。1968年にアサリエキスの卸売から畜産エキスの自社製造へ転換したあと、1978年には抽出の自動化のため長崎県小佐々町に抽出専門工場を9億円で新設している。当時の年商の数倍にあたる金額だった。1996年には総工費75億円で液体エキス専用の九州第2工場を建設した。粉末から液体へ、即席麺から外食・中食へという二つの転換を同時に見込んだ判断で、資金は1995年の転換社債転換30億円と1996年の公募増資46億円で賄い、無借金を保った。工場が1998年6月に稼働すると外食チェーンの調理マニュアルへ液体エキスが組み込まれ、2005年3月期の売上高は200億円を超えた。
2019年 米子会社をKerryへ譲渡
米子会社をKerryへ譲渡採算の悪化した米国事業を高い評価額で手放し、中国・アセアンへの投資と売上高1,000億円構想へ資源を振り向けた判断同じ経営論点に直面した企業 | 事業売却・撤退業績の推移2018 2019 2024 売上高(億円) 543 566 600 営業利益率(%) 20.8 21.0 14.5 1996年4月 液体エキス専用工場建設
液体エキス専用工場建設即席麺向け粉末の頭打ちと外食・中食の拡大を見越し、年商規模の資金を液体エキス専用の完全自動化工場へ先回りで投じた判断同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略業績の推移1995 1996 2001 売上高(億円) 97 104 180 経常利益率(%) 23.3 25.5 26.2 1968年6月 畜産エキスの自社製造