1996年の再編を、歯科器械専業から社名を替えただけの手続きと読むと、その芯を取り逃がす。核にあったのは、創業以来ものを作る会社と売る会社が別々だった体制を、一つの会社の内側にまとめた点であった。作り手と売り手が同じ組織になれば、顧客の要望は代理店を介さず直に開発へ届く。中西英一氏がのちに開発・製造・販売の三位一体を強みと呼び続けたのは、この年に製と販の壁を取り払ったことに支えられていると推察される。
もっとも、統合がただちに世界首位を約束したわけではない。2000年の時点でも歯科用回転機器の世界シェアは約15%で、ドイツのKaVo社に次ぐ2位にとどまっていた。製と販を一体にした体制が実を結ぶには、店頭登録で得た資金と、欧州・アジアへ直販網を張り直す20年余りの歳月が要った。呼び名を替える判断そのものより、それを機に開発と市場を一つの会社でつなぎ直したことに、後年の高収益の芽があったといえる。