ミズノ街着向けブランド「ミズノスポーツスタイル」の投入と、競技用品偏重からカジュアル領域への商品展開
契約選手を軸にした商いを続けるか、競技場の外の消費者へ売場を広げるか——縮む競技人口の前でミズノが選んだ道
- 概要
- 2016年2月、ミズノが街着用のカジュアルシューズブランド「ミズノスポーツスタイル」を投入し、3月には「M|line」を加えた経営判断。野球とゴルフを中心とする競技用品偏重の商品構成とマーケティングを改め、競技者以外の一般消費者へ売場を広げる内容で、社長は創業家4代目の水野明人氏であった。
- 背景
- 少子高齢化で国内の競技人口が縮み、野球の参加者は2005年の1,250万人から10年で680万人へ減った。アシックスは2001年にゴルフ事業から撤退してランニングへ経営資源を集め、デサントは街着用の衣料と靴を強化していた。ミズノはアシックスに売上高首位を奪われて約10年が経っていた。
- 内容
- 競技用品で培った素材と製法をカジュアルシューズへ振り向け、有名選手やチームとの契約に依存したマーケティングを一般消費者向けへ広げた。2016年5月の決算説明資料は、日本の施策にライフスタイル関連商品の開発とチャネル開拓を掲げ、アジアでは直営・フランチャイズ店を通じたスポーツスタイル品の拡販を示した。
- 含意
- 投入時の販売拠点は直営店を含めて約50店にとどまり、効果が数字に出るまでには数年を要した。スポーツスタイルシューズの売上は2019年度の8億円から2024年度に48億円へ伸び、2025年3月期の連結売上高は2,403億円と過去最高になった。
強みが遅れをつくったとき
野球の参加者が10年で1,250万人から680万人へ半減するなか、ミズノが街着の靴を出したのは2016年であった。アシックスがゴルフから退いてランニングへ寄せた2001年から数えれば、15年の差がついていた。遅れの理由は怠慢というより、日本人のトッププロから絶大な支持を得ていたという強みそのものにあったとみられる。契約選手を軸に商品を磨く仕組みが働く会社が、その外側へ人と金を回すには、内側の常識を壊す作業が要った。
実を結んだと言えるまでには時間がかかった。投入直後の販売拠点は直営店を含めて約50店にとどまり、連結売上高は2021年3月期の1,504億円まで下がり続けた。スポーツスタイルシューズの売上が48億円に届いたのは2024年度で、投入から8年が経っている。2,403億円の売上に対して48億円はなお小さい。それでも中期経営計画の共通戦略に据えられたところをみると、競技場の外に商いを持つという構えは社内に定着したといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
背景
野球とゴルフに寄った商品構成
ミズノの商いは、長く野球とゴルフに寄っていた。1906年創業の同社は両競技の用品で国内に確たる地位を築き、日本人のトッププロから強い支持を集めていた。ところが競技人口そのものが縮んでいた。日本生産性本部によれば、野球の参加者は2005年の1,250万人から10年で680万人へ減り、ゴルフ場でプレーする人口も同じ10年で3分の2になった。国内の野球・ゴルフ用品市場は横ばいで、これ以上の伸びは見込みにくかった[1]。
規模の差も開いていた。かつて国内2強を競り合ったアシックスに売上高首位を奪われて約10年が経ち、2016年の時点でアシックスの売上高が4,000億円を超えたのに対し、ミズノは2,000億円程度にとどまっていた。海外売上高比率もミズノの37%に対し、アシックスは76%、デサントは53%であった。国内と競技用品に商いが寄っていることが、そのまま成長の制約となって表れていた[2]。
先に動いた競合と、強みの裏側
競合は早くに動いていた。競技用品や学校向け商材を主力とする点でミズノと似ていたアシックスは、2001年にゴルフ事業から撤退し、経営資源の大半をランニングへ集めた。広告塔となる選手を置かず、世界各地のマラソン大会のスポンサーとなって市民ランナーへブランドを訴えた。スポーツウエアに強いデサントは街着用の衣料と靴を強化し、消費者の要望を採り入れた現地企画・生産品で韓国部門を主要な事業に育てた[3]。
ミズノがその市場をとらえきれなかった理由は、強みの裏側にあった。日本人のトッププロから絶大な支持を集めるあまり、裾野の広い一般選手向けの市場へ手が伸びなかった。同社幹部は、有名選手やチームとの契約を重視し、それ以外はタブー視された感覚があったと振り返っている。野球用品の市場が米国と日本に限られ、生産地の選択肢が狭く原価を下げにくいことも、収益の改善を妨げていた[4]。
決断
2016年、街着への二つのブランド
スポーツスタイルは1980年代の流行品を下敷きにした意匠を採った。社内にも、商品構成そのものを組み替えねばならないという認識があり、総合企画室の佐野治部長は「事業ポートフォリオを見直す時期に来ている」(週刊東洋経済 2016/4/16)と述べ、投資の転換を進める必要があると語った。ただしスポーツスタイルの販売拠点は、3月末の時点で直営店を含む約50店に限られ、認知度も高いとはいえなかった[7]。
決算資料と組織に落とし込まれた方針
判断は商品の投入だけでは終わらなかった。2016年5月10日の決算説明資料は、日本の今後の施策として「ライフスタイル関連商品の開発とチャネル開拓」を挙げ、カーボン加工をはじめとするスポーツ品の開発技術を他の事業へ広げる方針を示した。アジア・オセアニアでは、韓国と中国の直営・フランチャイズ店を通じてスポーツスタイル品を拡販するとした。同じ資料には、米州事業の建て直しを2016年度の経営課題とすることも並んでいた[8]。
組織の裏づけが整うまでには、さらに3年を要した。ミズノは2019年4月1日付で国内営業をスポーツ営業本部とライフスタイル営業本部の2本部制に改め、ライフスタイルスポーツ事業部を再編してライフ&ヘルス事業部とワークビジネス事業部を新設した。有価証券報告書は、少子高齢化による競技人口の減少と競争激化で既存販売チャネルの売上が減少傾向にあると認め、健康・一般生活者やワークビジネス向けの商品と市場の開発で売上を伸ばすと記した[9]。
結果
縮小を抜けるまでの歳月
数字はすぐには応えなかった。連結売上高は2016年3月期の1,961億円から下がり続け、2019年3月期は1,781億円、2021年3月期は新型コロナウイルスの影響で1,504億円まで落ちた。営業利益も2017年3月期には14億円まで細っている。米州でのランニングシューズの苦戦が重なり、カジュアル領域の売上が全体を押し上げるには投入から数年を要した[10][11]。
流れが変わったのは2020年代に入ってからであった。連結売上高は2022年3月期に1,727億円へ戻り、2023年3月期2,120億円、2024年3月期2,297億円と伸び、2025年3月期は2,403億円と過去最高になった。営業利益も207億円へ回復している。ライフスタイルシューズと呼ばれた領域の売上は、2019年度の8億円から2022年度15億円、2023年度28億円、2024年度48億円へと、3年で6倍になった[12][13]。
中期経営計画への定着
カジュアル領域は、いまや会社の計画に組み込まれている。2025年3月期の有価証券報告書が示した中期経営計画は、国内・海外に共通する主要な戦略として「DTC(オウンドEC、直営店)の販売強化」と「スポーツスタイルシューズの売上拡大」を挙げた。2027年度の目標は売上高3,100億円・海外売上高比率45%で、2024年度実績の2,403億円・39%から引き上げる内容であった[14]。
売場の作り方も変わった。2018年4月には大阪・茶屋町に MIZUNO OSAKA CHAYAMACHI を新築して営業を始め、競技用品の専門店とは客層の異なる街区に自社の店を構えた。スポーツスタイルにしぼった直営店の出店と、新しいファッションチャネルでの展開は、決算説明資料でも売上拡大の要因に挙げられている。有名選手との契約に頼らずに靴を売る経路を、ミズノは10年がかりで作った[15][16]。
- 週刊東洋経済 2016年4月16日号「核心リポート04 国内と野球に執着 時代遅れの名門ミズノ」
- 週刊東洋経済 2006年9月30日号「トップの履歴書 ミズノ社長 水野明人 創業家の次男坊は社長 目指すは光る会社」
- ミズノ 決算説明資料(2016年3月期・2016年5月10日)
- ミズノ 決算説明資料(2024年3月期・2024年5月10日)
- ミズノ 決算説明資料(2025年3月期・2025年5月13日)
- 美津濃 有価証券報告書(2016年3月期・連結)
- 美津濃 有価証券報告書(2019年3月期)【対処すべき課題】
- 美津濃 有価証券報告書(2021年3月期・連結)【主要な経営指標等の推移】
- 美津濃 有価証券報告書(2025年3月期・連結)【主要な経営指標等の推移】
- 美津濃 有価証券報告書(2025年3月期)【経営方針・経営戦略等】
- 美津濃 有価証券報告書【沿革】