創業1949年3月、鬼塚喜八郎氏が神戸市で鬼塚商会を発足、9月に鬼塚株式会社を設立してスポーツシューズ専門メーカーをめざしてバスケットボールシューズの開発・生産・販売を開始した。戦地から復員した青年期の鬼塚喜八郎氏が、終戦直後の混乱期に走る若者たちの姿を見て構想した「スポーツシューズで若者を支える」事業が起点となった。1977年7月、商号を株式会社アシックスに変更(ラテン語「Anima Sana In Corpore Sano(健全な身体に健全な精神があれかし)」の頭文字由来)、同時にジィティオ・ジェレンク等3社統合で生産・販売規模を一気に拡張した。
決断1964年2月の神戸証券取引所上場、1974年6月の東証・大証一部指定後、欧州(1975年)・米国(1981年)・中国生産拠点(1994年9月)・中国販売(2006年)と海外拠点網を構築した。2010年8月のホグロフス(スウェーデン)連結子会社化でアウトドア事業に参入したが、2018年12月期の純損失203億円(15年ぶり赤字)・2020年12月期のコロナ赤字を経て、第6代・廣田康人社長COO(2018年就任)下で**アウトドア事業撤退(2023年12月)とランニング・コア事業への資源集中**へ転換した。
課題廣田康人体制下の構造改革と「Cプロジェクト」(ランニング駅伝戦略)でFY24(2024年12月期)営業利益1,001億円(初の1,000億円突破)・FY25(2025年12月期)1,425億円(営業利益率17.6%)まで反転した。2024年1月に廣田氏が会長CEO、富永満之氏(アクセンチュアNY出身)が社長COOへ就任、二頭体制下で中期経営計画2026最終年度の数値目標達成と次期中計策定を進めている。Global Integrated Enterpriseへの変革が中期テーマである。
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歴史概略
1949年〜1977年神戸の鬼塚商会からオニツカタイガー・アシックスへの28年
戦後復興期の神戸でスポーツシューズ専業に賭けた創業
1949年3月、鬼塚喜八郎氏が神戸市で鬼塚商会を発足したのが原点である。同年9月、鬼塚商会を改組して鬼塚株式会社(神戸市)を設立し、スポーツシューズ専門メーカーをめざしてバスケットボールシューズほかスポーツシューズの開発・生産・販売を開始した。戦地から復員した青年期の鬼塚喜八郎氏は、終戦直後の混乱期に走る若者たちの姿を見て「スポーツシューズで若者を支える」事業を構想したと自伝に残している。資本金30万円・従業員2名の小規模な出発で、神戸の地場製造業として戦後復興期のスポーツ需要を捉えにいった。
1953年5月、自家工場タイガーゴム工業所(神戸市)を開所して内製生産体制の起点とし、1955年8月には関東・東北地区の販売拠点として東京鬼塚株式会社(東京都)を設立して東日本販売拠点を整備した。1957年6月、生産部門としてタイガーゴム工業所を改組してオニツカ株式会社を設立、1958年7月には鬼塚株式会社・東京鬼塚株式会社をオニツカ株式会社に吸収合併して生産・販売を一体化した。創業から9年で「オニツカタイガー」ブランドのシューズ専業メーカーとしての体制を組成した。
1960年代の上場と1970年代の事業多角化・グローバル化
1964年2月、神戸証券取引所に上場、同年4月には大阪証券取引所市場第二部に上場した。1972年5月の東京証券取引所市場第二部上場を経て、1974年6月に東京・大阪証券取引所市場第一部に指定された。創業から25年で東証一部上場に到達した、戦後復興期スタートアップのスピード上場事例である。1975年8月には欧州市場開拓のためオニツカタイガー有限会社(のちにアシックスドイチュラントGmbH)を設立、欧州本格展開の起点を打った。
1977年7月、商号を株式会社アシックスに変更し、株式会社ジィティオ及びジェレンク株式会社と合併、縫製7工場及びジェレンクU.S.A.,Inc.(のちにアシックススポーツオブアメリカINC.)等を引継いだ。**「アシックス」(ASICS)の社名は、ラテン語「Anima Sana In Corpore Sano(健全な身体に健全な精神があれかし)」の頭文字に由来**し、創業者・鬼塚喜八郎氏の創業哲学を社名に込めた。創業28年で「鬼塚」から「アシックス」へ商号転換すると同時に、競合3社(ジィティオ・ジェレンク・ジェレンクU.S.A.)との合併で生産・販売の規模を一気に拡張する三社統合を実行した。
1977年〜2008年鬼塚から尾山までの30年と国際拠点網の整備
創業者・鬼塚喜八郎時代の海外拠点整備とR&D拠点設置
商号変更直後の1980年代から、欧州・北米・オセアニア・東南アジアへの拠点設立を相次いで進めた。1981年7月、アシックススポーツオブアメリカINC.を廃し、米国市場開拓の新拠点としてアシックスタイガーコーポレーション(のちにアシックスアメリカコーポレーション)を設立、北米直営拠点の本格化を実現した。1985年7月には神戸ポートアイランドに新本社社屋を建設して本店を移転、同年11月には**科学的基礎研究体制強化のためスポーツ工学研究所を設置**した。スポーツサイエンス強化の起点となるR&D拠点設置で、競合に対する技術差別化を体制レベルで埋め込んだ転換点であった。
1986年7月のオーストラリア、1990年3月のフランス、1991年5月のオランダ・1991年6月のイタリア、1992年3月の英国と、欧州各国の販売子会社を立て続けに設立した。1994年9月には**スポーツシューズ及びスポーツウエアの生産工場として中国に江蘇愛世克私有限公司を設立**、中国生産拠点獲得を実現した。1994年12月にはオランダにアシックスヨーロッパB.V.を設立して欧州統括体制を確立した。創業者・鬼塚喜八郎氏は1992年に第2代・三原聖治氏へ社長を承継、3代の非創業家承継期(三原→高橋義行→和田清美)を経て、2008年に第5代・尾山基氏(双日出身)へ承継するまでの間、国際拠点網の整備が中心テーマだった。
第5代・尾山基時代のグローバル経営管理体制とアウトドア事業参入
2007年9月、持分法適用関連会社であったアシックス商事株式会社及び子会社を連結子会社化、商社機能を取り込んだ。2008年に第5代・尾山基氏(日商岩井・三井物産系を経て1986年アシックス入社)が社長に就任すると、グローバル経営管理体制の強化と事業多角化が加速した。2010年8月、グローバル規模でのアウトドア事業の強化拡大のため、**スウェーデン本社のホグロフスホールディングAB及び子会社を連結子会社化**してアウトドア事業に参入した。
2012年9月、国内マーケティング・販売機能強化のためアシックスジャパン株式会社を設立、日本事業のマーケ・販売再編の起点を打った。2013年1月にはグローバル経営管理と商品開発力強化のため、世界本社機能と日本事業を分離、日本事業をアシックスジャパン及びアシックススポーツ販売に吸収分割し、アシックススポーツ販売を存続会社として地域販売6社を合併、アシックス販売株式会社へ商号変更した。**世界本社/日本事業分離の構造改革**で、グローバル意思決定の独立性を担保した。2014年3月には公開買付け及び株式交換によりアシックス商事及び子会社を完全子会社化、商社機能の完全取込みを実現した。
2016年〜2025年FY18・FY20連続赤字からの構造改革と過去最高益1,425億円
DTC・デジタル基盤獲得と尾山基会長兼社長CEO期の準備
2016年3月、DTC戦略強化のため米国本社のフィットネスキーパー Inc.(のちにアシックスデジタル Inc.)の全株式を取得し、連結子会社化した。**ASICS Runkeeper等のランニングアプリ・デジタル基盤を獲得**し、シューズ販売の店頭依存からDTC・デジタルへの軸足シフトを始めた。同年から尾山基氏は代表取締役会長兼社長CEOとして経営の中軸を担い、長期ビジョンVISION 2030と「中期経営計画2023」(2021-2023年)を策定、サステナビリティを経営の中核に置く方針を示した。
だが2018年12月期は連結売上高3,867億円・営業利益105億円・純損失203億円(2003年以来15年ぶり赤字、特別損失243億円計上)と、海外子会社の事業再評価による減損で純損失に転落した。2018年3月に第6代・廣田康人氏(三菱商事入社、2014年アシックス入社)が代表取締役社長COOへ就任、構造改革の指揮を引き継いだ。
廣田康人体制下のFY20コロナ赤字からの劇的反転
2019年10月、米国Fast North Corporation(レース登録サイトRace Roster運営)の事業を譲受し、ランニングデジタル基盤を獲得した。だが2020年12月期はコロナショックで連結売上高3,288億円・営業損失40億円・純損失161億円と2期目の赤字に陥った。廣田康人社長COOはここを底にして、ランニング軸への事業集中とコスト構造の見直しに集中投下した。
FY21(2021年12月期)営業利益219億円で黒字転換、FY22(2022年12月期)340億円、FY23(2023年12月期)542億円、FY24(2024年12月期)1,001億円(**初の1,000億円突破**)、FY25(2025年12月期)1,425億円と4期連続で過去最高益を更新した。営業利益率はFY18の2.7%底部から、FY25は17.6%へ大幅改善し、FY18・FY20の連続赤字からの構造的反転を完遂した。並行して2022年8月には日本テレビホールディングスと共同で株式会社アールビーズ(マラソンイベント運営大手)の株式を取得して連結子会社化、日本のランニングコミュニティを取り込んだ。2023年12月にはホグロフスABの株式譲渡を実行してアウトドア事業から撤退し、ランニング・コア事業への資源集中を完了した。
アシックスは走り続ける──過去最高業績更新(営業利益1,000億円超え)の達成と、サステナビリティ・コーポレートガバナンス強化を完遂した
廣田会長CEO・富永社長COO二頭体制と財団設立による資本政策
2024年1月、廣田康人氏が代表取締役会長CEOへ移行、第7代社長COOに富永満之氏(1962年生、アクセンチュア(旧アンダーセン・コンサルティング)NYオフィス出身)が就任した。アシックス初の外資系コンサルティング出身社長で、業務執行は富永氏・長期方針は廣田氏の二頭体制が組まれた。2024年2月・8月の計2回で500億円の自己株式取得を実行、自己資本比率は1.4ppt上昇した。
2025年2月、最大200億円・上限700万株の自己株式取得と2,500万株(発行済株式総数比3.29%)の自己株式消却を決定、並行して**一般財団法人ASICS Foundation を設立**(自己株式約0.98%を信託設定で割当、議決権は不行使)し、配当収入を青少年・障がい者・女性等の社会的支援活動に充当する仕組みを組成した。買収防衛策懸念を払拭しつつ長期的な還元構造を組み替えた点が、機関投資家中心の所有構造下での資本配分の特徴である。FY25(2025年12月期)の連結売上高は8,109億円・営業利益1,425億円・営業利益率17.6%まで成長し、創業76年の老舗スポーツメーカーが、Global Integrated Enterpriseへの変革ビジョン下で次の10年の事業基盤を組み立てる位置に立つ。