MTGEMS機器「SIXPAD」の発売と、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築
世界的アスリートで認知を買うか、研究機関との実証で固めるか——売上208億円のファブレスメーカーが選んだ第2ブランドの立ち上げ方
- 概要
- 2015年7月、MTGがEMS(筋電気刺激)のトレーニングブランド「SIXPAD」を発売し、美容ローラー「ReFa」に次ぐ第2のブランドへ育てた経営判断。京都大学名誉教授の森谷敏夫氏の研究、MTGの独自波形技術、プロフットボーラーのクリスティアーノ・ロナウド選手のトレーニング理論を組み合わせた商品で、同選手との契約は発売より前の2013年11月に結ばれていた。
- 背景
- 2009年発売のReFaが成長を牽引する一方、稼ぎ手は美容ローラーに偏っていた。EMSは技術としては古く、京都大学名誉教授の森谷敏夫氏が40年以上研究を続けていたが、市場には効果の裏づけが乏しい安価な類似商品が並んでいた。技術はあるのに信頼される商品がない領域であった。
- 内容
- 森谷敏夫氏が導いた周波数20Hz、MTGの独自波形技術、ロナウド選手のトレーニング理論を融合してEMSデバイスを設計し、一般社団法人日本ホームヘルス機器協会の安全基準を満たしたうえで薄型・軽量・コードレスに仕上げた。広告では世界的アスリートを前面に立て、同時に知的財産の確保に投資して類似品と距離を取った。
- 含意
- SIXPADは発売から2年で累計出荷100万台を超え、2018年7月の東証マザーズ上場時にはReFaと合わせて売上高の約8割を占めた。半面、2ブランドと2人のアンバサダーへの依存は、有価証券報告書のリスク項目として会社自身の言葉で書き込まれた。
商品より先に、顔を押さえた
クリスティアーノ・ロナウド選手との契約は2013年11月で、SIXPADの発売はその1年8か月後にあたる。売る商品が形になる前に、世界で最も知られた身体を先に押さえたことになる。単体売上高208億円の未上場メーカーにとって軽い支出ではなかったはずで、それでも踏み切れたのは、ReFaで美容ローラーが売れた実感と、EMSには技術があっても信頼される商品がないという読みが重なっていたからだとみられる。森谷敏夫氏の20Hzと日本ホームヘルス機器協会の基準を先に固めたのは、その読みを外さないための担保であった。
この売り方は、買った認知を維持する費用を毎年払い続ける前提の上に立っていた。2018年9月期の広告宣伝費は販管費の19.0%を占め、有価証券報告書はキャスティングが困難になった場合の悪影響をリスクとして数えている。ReFaとSIXPADで売上の約8割という構成も、第2ブランドが立った証しであると同時に、2つのブランドと2人の顔に売上が2ブランドへ寄りすぎていたことを示している。3つ目のブランドを同じやり方で立てられるかどうかは、上場の時点では答えが出ていなかった。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
背景
美容ローラー1本に寄った収益
MTGは1996年1月に愛知県岡崎市で設立され、2009年に発売した美容ローラー「ReFa」で成長軌道に乗った。工場を持たず生産を外部へ委託するファブレスの形をとり、企画とブランド開発に人と資金を寄せる会社であった。2015年9月期の単体売上高は208億円、経常利益は11億円、従業員は466人。名古屋の未上場メーカーとしては伸びていたものの、稼ぎ手は美容ローラーに偏っていた[1][2]。
ReFaはその後も伸び、2017年9月期のブランド売上高は前期比2倍の246億円、2018年7月末には累計出荷数が1000万本を超えた。ただしこの伸びは、ローラーの種類を増やし、コスメや洗顔機器へ品目を広げるという美容領域の内側での拡張であった。美容の外に、同じ規模で売れる商品群をもう一つ立てられるかどうかは、別の問題として残っていた[3][4]。
EMSという古い技術と、信頼のない市場
次の商品群として選ばれたのがEMS(筋電気刺激)であった。筋肉に電気刺激を与えて鍛える技術そのものは古く、京都大学名誉教授の森谷敏夫氏は40年以上これを研究していた。一方で市場には安価な類似商品が並び、効果の裏づけを欠いたまま売られる商品も少なくなかった。技術は出そろっているのに信頼して使える商品がない——MTGが狙ったのは、その隙間であった[5][6]。
美容機器と違い、トレーニング機器の説得力は使う人の身体に表れる。誰が使っているかがそのまま商品の信頼になる領域で、無名の日本メーカーが認知を得るには時間がかかる。MTGは2013年11月27日、プロフットボーラーのクリスティアーノ・ロナウド選手と、共同商品開発および商品プロモーションの契約を結んだ。SIXPADの発売より1年8か月前のことである[7]。
決断
研究者・自社技術・選手を一つの商品に束ねる
2015年7月、MTGはEMSのトレーニングブランドとしてSIXPADを発売した。主力のEMSデバイスは、森谷敏夫氏が導き出した筋肉トレーニングに効率的な周波数20Hzに、MTGの独自波形技術と、ロナウド選手のトレーニング理論を融合して開発された。研究者の知見、自社の技術、第一線の選手の実践という三つを、一つの機器のなかで合わせた設計であった[8]。
併せて、公的機関である一般社団法人日本ホームヘルス機器協会の安全基準を満たしたうえで、薄型・軽量・コードレスという形に落とし込んだ。腹部に貼って電気を流す機器である以上、安全性は商品の前提になる。公的な基準と学術的な裏づけを先に押さえ、そのうえで世界で最も知られた選手を前面に立てる。派手な打ち出しの下に、安全基準と研究の裏づけを先に固めた[9]。
認知を買う費用と、模倣を遠ざける費用
起用の代償は費用に表れた。2018年9月期の販売費及び一般管理費に占める広告宣伝費の割合は19.0%で、マドンナ氏とロナウド選手の起用がその中心にあった。MTGが東京証券取引所マザーズ市場へ上場したのは2018年7月であり、SIXPADを立ち上げた時期はまだ未上場であった。株主への説明を経ずに広告費を積める立場が、この規模の投資を後押ししたとみられる[10][11]。
一方でMTGは、知的財産の確保にも資金を投じた。競合他社に類似品を展開させないことでブランド価値を確立すると、有価証券報告書に自ら書いている。松下剛社長は、安価な類似商品が出るEMSにあって、豊富なエビデンスを持つことが強みだと語っている。広告で認知をつくり、知的財産の確保で模倣を遠ざける。二つの支出は別々のものではなく、同じ商品を守るための一組であった[12][13]。
結果
2年で100万台、上場時に2つ目の主力ブランド
SIXPADは2015年7月の発売から2年で累計出荷100万台を超えた。2017年4月にはMTGとして初のIoT機能を搭載したEMSシリーズを出し、日常動作をトレーニングに変えるスーツや筋肉のためのサプリメントへ品目を広げた。販売では表参道に旗艦店「SIXPAD STORE AOYAMA」を置き、量販店や百貨店の売場に自社で独立した売場を設けるIN SHOP出店を加速した[14]。
業績は2015年9月期の単体売上高208億円から、2016年9月期は連結295億円、2017年9月期は453億円へ伸びた。2018年7月10日、MTGは東証マザーズに上場する。時価総額は2400億円で、マザーズでは同年上場のメルカリに次ぐ規模であった。同じ月にEMSトレーニングジム「SIXPAD STATION 代官山」を開き、2018年9月期の連結売上高は584億円、営業利益は69億円になった[15][16][17]。
2ブランドへの集中と、会社自身が書いた依存
上場の時点で、ReFaとSIXPADの2ブランドが売上高の約8割を占めていた。週刊東洋経済は当時、海外売上高比率が35%程度であることと並べて、今後の課題は海外展開と、2つの商品群に続くブランドを育てられるかどうかにあると書いている。会社側はSIXPAD STATIONを国内500店・海外4500店まで広げる構想を掲げ、10月には投資枠50億円の子会社MTG Venturesを設け、新ブランドの候補を社外に探した[18][19]。
依存の代償は、会社自身が有価証券報告書に書き下している。2018年9月期の売上高構成比はReFa 53.0%、SIXPAD 24.6%で、この2ブランドが売上の大部分を占めると明記された。同じ書類には、マドンナ氏やロナウド選手との契約更新に至らずキャスティングが困難になった場合の悪影響が、リスク項目として並んでいる。翌2019年9月期にはReFa 36.1%、SIXPAD 37.5%と順位が入れ替わり、2ブランドで7割を超える構成は変わらなかった[20][21]。
- MTG 有価証券報告書(2018年9月期)【沿革】【事業の内容】【事業等のリスク】【経営上の重要な契約等】【主要な経営指標等の推移】
- MTG 有価証券報告書(2019年9月期)【事業等のリスク】【主要な経営指標等の推移】
- 週刊東洋経済 2018年10月20日号「【第1特集 絶好調企業の秘密】1.稼ぐ力をつけた日本企業 伸びる企業3 イノベーティブ・市場創造型企業」