アシックス の歴史

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創業 1949年
創業者 鬼塚喜八郎
創業地 兵庫県神戸市
創業
1949年3月、鬼塚喜八郎氏が神戸市生田区でゴム履物問屋として鬼塚商会を興した。靴づくりの経験はなかった。青少年育成の志を靴づくりに捧げたのは、陸軍時代の先輩から青少年のための靴をつくれと勧められたためである。同年9月に鬼塚株式会社へ改組し、1950年にスポーツシューズ専業へ脱皮、1953年には自家工場を新設して内製へ着手した。1957年に生産部門をオニツカ株式会社として立て、翌年に販売会社を吸収して「オニツカタイガー」の一貫体制を整える。資本金30万円・従業員2名の問屋から神戸証券取引所への上場まで、15年しかかかっていない。
決断
広げては絞り直す振れ幅の大きさに特色があり、戻る先はいつも競技者の足元である。1977年7月、シューズ専業のオニツカはウエアや用具のジィティオ・ジェレンクと3社対等合併に踏み切り、総合スポーツ用品メーカーへ転じた。1980年代は欧米豪に販売子会社を並べ、1985年にスポーツ工学研究所を設けて靴づくりを科学的な研究体制へ移した。2010年にスウェーデンのホグロフスを113億円で買収してアウトドアへ広げたが、多角化が稼ぐより資源を薄めると見て2023年に手放し、ランニングへ戻した。広げた先を捨てられたことが、反転の起点になっている。
現況
海外が売上の8割を占め、ランニングへ資源を寄せた収益構造である。2025年12月期の連結売上高8,109億円のうち日本は1,584億円にとどまり、欧州が2,097億円で最大の市場になった。中核のパフォーマンスランニングは2024年12月期に売上3,269億円・利益率21.6%と全社を上回る。2016年に買収した米国のランニングアプリを足場に店頭依存からDTC・デジタルへ軸を移し、2018年と2020年の二度の最終赤字を底に、営業利益は2021年12月期の219億円から2025年12月期の1,425億円へ伸びた。
競合
戦う場は国内ではなく世界のランニング市場である。国内では野球やゴルフまで幅を持つミズノに対し、アシックスは1950年に早々とシューズ専業へ絞り、1960年代にはスポーツ用シューズの国内シェア首位を取った。一方で海外は欧米の巨大ブランドが規模で上回り、量で並ぶ競争は選べない。アシックスは研究所を抱えて競技者に選ばれる機能で差をつくる道を採り、欧州を最大の市場に育てた。国内で得た首位よりも、海外で選ばれ続けられるかが会社の行方を決める。
アシックス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2025年12月期

創業ストーリー 神戸の鬼塚商会からオニツカタイガー・アシックスへの28年 (1949年〜)

戦後復興期の神戸でスポーツシューズ専業に賭けた創業

1949年3月、鬼塚喜八郎氏が神戸市生田区山本通で個人名義のゴム履物問屋として鬼塚商会を発足[1]したのが原点である。同年9月、鬼塚商会を改組して鬼塚株式会社(神戸市)を設立し、当初はゴム履物および自転車タイヤ・チューブの配給問屋として兵庫県警察本部の指定代行店業務を担った[2]。だが鬼塚喜八郎氏は『戦後の青少年の育成はスポーツの興隆にある』[引用元]との確信から、1950年にスポーツシューズの専門メーカーへ脱皮してバスケットボールシューズほかスポーツ専門シューズの研究に着手[3]、1951年に統制品のゴムが解除されると本格的な製造販売に乗り出し、西日本各地区のスポーツ用品店への販路を広げた[4]。資本金30万円・従業員2名の小規模な出発で、神戸の地場製造業として戦後復興期のスポーツ需要を捉えにいった。

  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]1949年3月 神戸市生田区山本通において、鬼塚喜八郎が個人名義のゴム履物問屋として鬼塚商会を発足
    • [2]1949年9月の改組後、当初はゴム履物および自転車タイヤ・チューブの配給問屋として兵庫県警察本部の指定代行店業務を担った
    • [3]1950年 スポーツシューズの専門メーカーへ脱皮し、バスケットシューズほかスポーツ専門シューズの研究に着手
    • [4]1951年 統制品のゴムが解除され、本格的な製造販売に乗り出して西日本各地区のスポーツ用品店へ販路を拡張

1953年5月、自家工場タイガーゴム工業所(神戸市・従業員約50名)を開所[5]して内製による生産体制を整えた。1954年には東洋レーヨンの靴分野の指定工場となってナイロンスポーツシューズの研究・製造に着手し[6]、1955年8月には関東・東北地区の販売拠点として東京鬼塚株式会社(東京都)を設立して東日本販売拠点を整備した[7]。製品の技術水準も向上し、1956年にはメルボルンオリンピックほか各国際試合に同社製品が使用され[8]、1957年には中小企業の模範企業として中小企業庁長官賞を受けた[9]。同じく1957年6月、生産部門としてタイガーゴム工業所を改組してオニツカ株式会社を設立[10]、1958年7月には鬼塚株式会社・東京鬼塚株式会社をオニツカ株式会社に吸収合併して生産・販売を一体化し、資本金830万円となった[11]。創業から9年で『オニツカタイガー』ブランドのシューズ専業メーカーとしての体制を組成した。

  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [5]1953年5月 自家工場タイガーゴム工業所(神戸市)を開所(従業員約50名)
    • [6]1954年 東洋レーヨンの靴分野の指定工場となり、ナイロンスポーツシューズの研究・製造に着手
    • [8]1956年 メルボルンオリンピックほか各国際試合に同社製品が使用された
    • [9]1957年 中小企業の模範企業として中小企業庁長官賞を受けた
    • [11]1958年7月 鬼塚株式会社・東京鬼塚株式会社をオニツカ株式会社に吸収合併し、生産・販売を一体化、資本金830万円となった
  • アシックス 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1955年8月 関東・東北地区の販売拠点として東京鬼塚株式会社(東京都)を設立
    • [10]1957年6月 生産部門としてタイガーゴム工業所を改組してオニツカ株式会社を設立
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]1949年3月 神戸市生田区山本通において、鬼塚喜八郎が個人名義のゴム履物問屋として鬼塚商会を発足
    • [2]1949年9月の改組後、当初はゴム履物および自転車タイヤ・チューブの配給問屋として兵庫県警察本部の指定代行店業務を担った
    • [3]1950年 スポーツシューズの専門メーカーへ脱皮し、バスケットシューズほかスポーツ専門シューズの研究に着手
    • [4]1951年 統制品のゴムが解除され、本格的な製造販売に乗り出して西日本各地区のスポーツ用品店へ販路を拡張
    • [5]1953年5月 自家工場タイガーゴム工業所(神戸市)を開所(従業員約50名)
    • [6]1954年 東洋レーヨンの靴分野の指定工場となり、ナイロンスポーツシューズの研究・製造に着手
    • [8]1956年 メルボルンオリンピックほか各国際試合に同社製品が使用された
    • [9]1957年 中小企業の模範企業として中小企業庁長官賞を受けた
    • [11]1958年7月 鬼塚株式会社・東京鬼塚株式会社をオニツカ株式会社に吸収合併し、生産・販売を一体化、資本金830万円となった
  • アシックス 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1955年8月 関東・東北地区の販売拠点として東京鬼塚株式会社(東京都)を設立
    • [10]1957年6月 生産部門としてタイガーゴム工業所を改組してオニツカ株式会社を設立

1960年代の上場と1970年代の事業多角化・グローバル化

1964年2月、神戸証券取引所に上場[12]、同年4月には大阪証券取引所市場第二部に上場した[13]。この頃にはスポーツ用シューズのシェアでわが国第一[14]を誇るまでに成長しており、多品種少量生産を経営上の特長としつつ、量産可能な製品については一貫生産を行う体制を敷いていた。財務面では1964年以来の三ヵ年計画で自己資本比率の改善に努め、創業20周年[15]を迎える1969年にはその比率を40%台に乗せる見通しに立っていた。1972年5月の東京証券取引所市場第二部上場[16]を経て、1974年6月に東京・大阪証券取引所市場第一部に指定された[17]。創業から25年で東証一部上場に到達した、戦後復興期スタートアップのスピード上場事例である。1975年8月には欧州市場開拓のためオニツカタイガー有限会社(のちにアシックスドイチュラントGmbH)を設立[18]、欧州事業を開始した。

  • アシックス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1964年2月 神戸証券取引所に上場
    • [13]1964年4月 大阪証券取引所市場第二部に上場
    • [16]1972年5月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [17]1974年6月 東京・大阪証券取引所市場第一部に指定
    • [18]1975年8月 欧州市場開拓のためオニツカタイガー有限会社(のちにアシックスドイチュラントGmbH)を設立
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [14]スポーツ用シューズのシェアでわが国第一。多品種少量生産を特長とし、量産可能製品は一貫生産
    • [15]1964年以来の三ヵ年計画で自己資本比率の改善に努め、創業20周年の1969年に40%台に乗せる見通し

1977年7月、商号を株式会社アシックスに変更し、株式会社ジィティオ及びジェレンク株式会社と合併、縫製7工場及[19]びジェレンクU.S.A.,Inc.(のちにアシックススポーツオブアメリカINC.)等を引継いだ。創業28年で『鬼塚』から『アシックス』へ商号転換すると同時に、競合3社(ジィティオ・ジェレンク・ジェレンクU.S.A.)との合併で生産・販売の規模を拡張する三社統合を実行した。

  • アシックス 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1977年7月 商号を株式会社アシックスに変更し、株式会社ジィティオ及びジェレンク株式会社と合併、縫製7工場及びジェレンクU.S.A.,Inc.(のちにアシックススポーツオブアメリカINC.)等を引継いだ
  • アシックス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1964年2月 神戸証券取引所に上場
    • [13]1964年4月 大阪証券取引所市場第二部に上場
    • [16]1972年5月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [17]1974年6月 東京・大阪証券取引所市場第一部に指定
    • [18]1975年8月 欧州市場開拓のためオニツカタイガー有限会社(のちにアシックスドイチュラントGmbH)を設立
    • [19]1977年7月 商号を株式会社アシックスに変更し、株式会社ジィティオ及びジェレンク株式会社と合併、縫製7工場及びジェレンクU.S.A.,Inc.(のちにアシックススポーツオブアメリカINC.)等を引継いだ
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [14]スポーツ用シューズのシェアでわが国第一。多品種少量生産を特長とし、量産可能製品は一貫生産
    • [15]1964年以来の三ヵ年計画で自己資本比率の改善に努め、創業20周年の1969年に40%台に乗せる見通し

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アシックスの沿革1949〜2023年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1949〜1977年神戸の鬼塚商会からオニツカタイガー・アシックスへの28年鬼塚商会発足
焼野原の神戸でスポーツシューズ専業に賭けた鬼塚商会の創業

1949年3月、鬼塚喜八郎氏が神戸でゴム履物問屋として鬼塚商会を起こし、翌年にはスポーツシューズ専門メーカーへ脱皮した創業。タコの吸盤に着想した吸着ソールのバスケットボールシューズを軸に、のちのオニツカ・アシックスへ連なる事業の土台を築いた。

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★★★
バスケットボールシューズなどスポーツシューズの生産・販売を開始★★
自家工場タイガーゴム工業所(神戸市)を開所
関東・東北地区の販売拠点として東京鬼塚(東京都)を設立
タイガーゴム工業所の改組によりオニツカを設立
鬼塚と東京鬼塚を吸収合併
東京鬼塚本社を東京支店に商号変更
中央産業へ、オニツカを吸収合併、直ちに商号をオニツカに変更
神戸証券取引所に上場
大阪証券取引所市場第二部に上場
スポーツシューズの生産工場として、鳥取オニツカ(のちに山陰アシックス工業)を設立
東京証券取引所市場第二部に上場
東京・大阪証券取引所市場第一部に指定
欧州市場開拓のためオニツカタイガー(のちにアシックスドイチュラントGmbH)を設立
オニツカ・ジィティオ・ジェレンク3社合併によるアシックス発足

1977年7月、シューズ専業のオニツカが、スポーツウエアなどを手がけるジィティオ・ジェレンクの2社と対等合併し、株式会社アシックスが発足した。

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★★★
ジィティオ・ジェレンクと合併し7工場とジェレンクU.S.A.,Inc.を継承★★
1977〜2015年鬼塚から尾山までの30年と国際拠点網の整備鳥取アシックス工業(のちに山陰アシックス工業)を設立
アシックスタイガーコーポレーションを設立
神戸ポートアイランド(神戸市)に新本社社屋建設、本社を移転
スポーツ工学研究所を新設
アシックスタイガーオセアニアPTY.LTD.を設立
アシックススポーツ工学研究所・人財開発センターが竣工
江蘇愛世克私有限公司を設立
欧州統括会社としてオランダにアシックスヨーロッパB.V.を設立
販売業務をアシックス北海道販売・アシックス中部販売に集約
宮崎アシックス工業をアシックスアパレル工業に商号変更
和田清美アシックス歩人館を設立
和田清美台湾亞瑟士運動用品股份有限公司を設立
和田清美愛世克私(上海)商貿有限公司を設立
和田清美持分法適用関連会社であったアシックス商事・子会社を子会社化
尾山基アシックススカンジナビアASを子会社化
尾山基スウェーデンのホグロフスHDAB・子会社を子会社化★★
尾山基アシックスジャパンを設立
尾山基日本事業をアシックスジャパン・アシックススポーツ販売に吸収分割
尾山基公開買付け・株式交換により、アシックス商事・子会社を完全子会社化★★
2016〜2025年FY18・FY20連続赤字からの構造改革と過去最高益1,425億円尾山基フィットネスキーパー Inc.を完全子会社化★★
廣田康人Registration Logic Pty Ltd.を完全子会社化
廣田康人日本テレビHDと共同でアールビーズを子会社化★★
廣田康人njuko SASを子会社化
廣田康人ホグロフスABの株式譲渡を実行★★
出典・参考
  • アシックス 有価証券報告書【沿革】
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)

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