ヨネックス の歴史

更新: Author:

創業 1958年
創業者 米山稔
創業地 新潟県三島郡越路町
創業
1946年、米山稔氏が新潟県三島郡越路町(現長岡市)で米山木工所を創業し、漁具用の木製浮きなどを作った。戦後の素材革命で木製品の需要が合成樹脂へ移ると、1957年に木工の技術を転用できるバドミントンラケットへ後発参入し、1958年6月に株式会社米山製作所を設立する。当初は英国・米国の販売会社向けのOEM生産で、他社の銘柄を付けた木製ラケットを輸出した。だが主要取引先の倒産で連鎖倒産の危機に直面し、自社銘柄で売る方針へ改める。1961年11月に東京営業所を置いて自社ブランドの販売を始め、1967年2月には株式会社ヨネヤマラケットへ商号を変更した。1965年にはシャトルコックの製造にも入り、ラケットと球の両方を自社で作る形を創業10年ほどで整えている。
決断
売る名前は海外へ合わせ、作る場所は新潟から動かさなかった。1969年1月には台湾製の安価品に対抗してテニスラケットを加え、1974年1月には国内で通っていた『ヨネヤマ』を捨てて『YONEX』の商標を出願する。1982年7月には商号をヨネックスへ改め、新素材のクラブでゴルフ事業へ参入した。1981年7月の西ドイツを起点に、1983年の米国、1987年の英国と台湾へ6年で直販・生産網を敷いた。それでも主力の生産は創業地の越路町へ置き続け、2019年12月には金型メーカーの東洋造機を完全子会社化してラケット製造の金型技術まで内製化している。名前だけを国際化して製造を移さなかったことが、用具の性能で選ばれる市場で品質を管理し続ける条件を作った。
現況
4期続けて過去最高を更新した売上の起点は、国際大会の再開にある。2026年3月期の連結売上高は1,636億円、営業利益は165億円で、コロナ下の2021年3月期516億円から5年で3.2倍になった。所在地別ではアジアが売上856億円・利益118億円と利益の7割超を占め、日本は売上641億円に対し利益39億円にとどまる。2022年6月に創業家3代目として社長へ就任した米山有沙氏は、就任時に北米とインドへの注力を挙げた。ただし2024年7月に開いた研究開発施設は長岡工場の隣接地で、あわせて着工したテニスラケット新工場も同じ長岡市である。売る先を広げる方針と、作る場所を集める方針が同時に走っている。
競合
競技の数を絞る代わりに、その競技で使う用具は全部そろえてきた。バドミントンでは1965年にシャトルコック、1983年にストリングの製造を始め、2021年12月にはブリヂストン系のテニスボール製造会社を取得してテニス側も同じ形にしている。1977年に3社合併でシューズ専業から総合スポーツ用品へ広げたアシックスをはじめ、品目を横へ広げた総合スポーツ用品メーカーとは、選ぶ範囲の取り方が逆にあたる。その結果、バドミントンとテニスが盛んなアジアが売上の52%を占める一方、ランニングやチームスポーツが主軸の北米とヨーロッパは合計しても8%に達しない。競技を絞る設計が、そのまま地域構成の偏りを生んでいる。
ヨネックス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

創業ストーリー 木工製品の衰退からバドミントン世界ブランドへの転身 (1957年〜)

漁具用浮きからバドミントンラケット後発参入へ

ヨネックスの原点は、1946年に米山稔氏が新潟県三島郡越路町[1](現新潟県長岡市)で米山木工所として漁具用浮き等の木製品の製造販売[2]を始めた家業にある。戦後の素材革命で漁具用浮きをはじめとする[3]木工製品の需要が合成樹脂に置き換えられ、家業の収益基盤が縮小する局面で、米山稔氏は1957年にバドミントンラケットのOEM製造への後発参入を選んだ。1958年6月、株式会社米山製作所を設立し[4]、本社所在地を越路町に置いて木製ラケットの製造販売を本格化した。

    • [1]創業者は米山稔(1924年10月15日生)
    • [2]米山木工所(漁具用浮き等の木製品製造販売)の創業は1946年。1957年はバドミントンラケットのOEM製造に進出した年
    • [3]創業地は新潟県三島郡越路町(現新潟県長岡市)/創業時の木工品に漁具用浮きを含む
  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1958年6月 株式会社米山製作所を設立(バドミントンラケットの製造及び販売を目的)

創業期の主軸は英国・米国の販売会社向けOEM委託生産で、自社ブランドではなく外国販売店の銘柄で輸出する受託モデルから出発した。だが間もなく主要取引先の倒産に直面し、連鎖倒産の危機をきっかけに自社ブランド展開へ方針を変えることを決めた。[5]

    • [1]創業者は米山稔(1924年10月15日生)
    • [2]米山木工所(漁具用浮き等の木製品製造販売)の創業は1946年。1957年はバドミントンラケットのOEM製造に進出した年
    • [3]創業地は新潟県三島郡越路町(現新潟県長岡市)/創業時の木工品に漁具用浮きを含む
    • [5]創業期はOEM委託生産(外国販売店銘柄での受託輸出)から出発し、主要取引先(親会社サンバタ)の倒産を機に自社ブランドへ転換した
  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1958年6月 株式会社米山製作所を設立(バドミントンラケットの製造及び販売を目的)

自社ブランドへの転換と東京・新潟の二極体制

1961年11月、東京都台東区に東京営業所を設置[6]して国内・輸出の販売部門を整え、自社ブランドによる販売を開始した。OEM主体の受託モデルから自社ブランドへ販売主導権を移す第一歩で、創業3年目で販路の組み替えに着手した。同年12月には本社(現新潟工場)第一工場を越路町に建設し[7]、主力生産拠点を整えた。1963年4月には貿易部門を分離して[8]株式会社ヨネヤマスポーツ(現ヨネックス海外営業部)を設立、輸出業務を強化した。

  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1961年11月 東京都台東区に東京営業所を設置し自社ブランドによる販売を開始
    • [7]1961年12月 本社(現新潟工場)第一工場を越路町に建設
    • [8]1963年4月 貿易部門を分離し㈱ヨネヤマスポーツ(現当社海外営業部)を設立

1965年6月、有限会社ミノルスポーツ(現ヨネックス東京工場)を設立してシャトルコックの製造販売を開始[9]、ラケットとシャトルの内製化を実施した。1967年2月、株式会社米山製作所を株式会社ヨネヤマラケットへ商号変更[10]、1968年9月にヨネヤマラケット東京工場[11]を埼玉県南埼玉郡八潮町に建設してシャトルコックの製造能力を増強した。新潟(ラケット)・埼玉(シャトル)の二工場体制を1960年代後半までに固めた。

  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [9]1965年6月 有限会社ミノルスポーツ(現当社東京工場)を設立しシャトルコックの製造販売を開始
    • [10]1967年2月 ㈱米山製作所を㈱ヨネヤマラケットへ商号変更
    • [11]1968年9月 ヨネヤマラケット東京工場を埼玉県南埼玉郡八潮町に建設
  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1961年11月 東京都台東区に東京営業所を設置し自社ブランドによる販売を開始
    • [7]1961年12月 本社(現新潟工場)第一工場を越路町に建設
    • [8]1963年4月 貿易部門を分離し㈱ヨネヤマスポーツ(現当社海外営業部)を設立
    • [9]1965年6月 有限会社ミノルスポーツ(現当社東京工場)を設立しシャトルコックの製造販売を開始
    • [10]1967年2月 ㈱米山製作所を㈱ヨネヤマラケットへ商号変更
    • [11]1968年9月 ヨネヤマラケット東京工場を埼玉県南埼玉郡八潮町に建設

テニス参入と「YONEX」商標による国際化

1969年1月、本社第一工場を増設してテニスラケットの製造を開始[12]した。バドミントン専業からテニスへの進出は、当時市場で広がっていた台湾製ラケットへの対抗策で、バドミントン専業のままでは台湾製の安価品に市場を奪われる懸念があった。1971年7月、東京営業所を東京都文京区[13](現本社所在地)へ移転して東京本店に昇格させた。1974年1月、株式会社ヨネヤマラケットをヨネックススポーツ株式会社へ商号変更し、併せて『ヨネックス』(YONEX)の商標を出願した[14]。海外展開を見据えて、発音しづらいローカル名『ヨネヤマ』[15]を国際市場で読みやすい『YONEX』に切り替える判断となった。

  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1969年1月 本社第一工場を増設しテニスラケットの製造を開始
    • [13]1971年7月 東京営業所を東京都文京区へ移転し東京本店に昇格
    • [14]1974年1月 ㈱ヨネヤマラケットをヨネックススポーツ㈱へ商号変更し「ヨネックス」(YONEX)の商標を出願
    • [15]「ヨネヤマ」が海外で発音しづらいため国際市場向けに「YONEX」へ切り替えた(ブランド由来)

1978年7月に大阪市天王寺区へ大阪出張所(現大阪支店)を設置[16]、1981年7月には西ドイツに現地法人YONEX SPORTS GmbH(販売会社)を設立して欧州市場への直接展開の起点[17]を打った。1982年7月、ヨネックススポーツ株式会社をヨネックス株式会社へ商号変更し、同時にゴルフ事業へ進出して新素材のゴルフクラブを発売した[18]。海外展開に備えてブランドと社名を『ヨネックス』に統一する判断で、バドミントン・テニスに続く第3事業としてゴルフを加えた格好となった。1983年2月にヨネックス東京工場でストリングの製造を開始[19]、1983年8月にはアメリカに現地法人YONEX AMERICA INC.を設立[20]して米国市場へ直接参入した。1987年3月にイギリスへYONEX U.K. LIMITEDを設立、同年7月に台湾へ生産会社YONEX TAIWAN[21] CO., LTD.を設立し、欧米・アジアの直販生産網を6年間で組み上げた。

  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [16]1978年7月 大阪市天王寺区に大阪出張所(現大阪支店)を設置
    • [17]1981年7月 西ドイツにYONEX SPORTS GmbH(販売会社)を設立(欧州市場への直接展開の起点)
    • [18]1982年7月 ヨネックススポーツ㈱をヨネックス㈱へ商号変更し、ゴルフ事業に進出して新素材のゴルフクラブを発売
    • [19]1983年2月 ヨネックス東京工場でストリングの製造を開始
    • [20]1983年8月 アメリカにYONEX AMERICA INC.を設立(米国市場直接参入)
    • [21]1987年3月 イギリスにYONEX U.K. LIMITEDを設立/1987年7月 台湾に生産会社YONEX TAIWAN CO., LTD.を設立

1990年4月、本社を東京都文京区湯島3丁目23番13号へ移転、ヨネックス東京工場とヨネックス貿易[22]の2社を吸収合併、創業32年で東京本社と新潟生産拠点の二極構造を固めた。1994年2月、東京証券取引所市場第二部へ上場[23]、創業から36年で資本市場へのデビューを果たした。1957年に新潟・越路町で漁具用浮きから始めた家業が、バドミントン専業からテニス・ゴルフへの多角化と欧米アジアの直販生産網構築を経て、上場企業として資本市場と接続する局面に到達した。

  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [22]1990年4月 本社を東京都文京区湯島三丁目23番13号へ移転、ヨネックス東京工場・ヨネックス貿易の2社を吸収合併
    • [23]1994年2月 東京証券取引所市場第二部へ上場
  • ヨネックス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1969年1月 本社第一工場を増設しテニスラケットの製造を開始
    • [13]1971年7月 東京営業所を東京都文京区へ移転し東京本店に昇格
    • [14]1974年1月 ㈱ヨネヤマラケットをヨネックススポーツ㈱へ商号変更し「ヨネックス」(YONEX)の商標を出願
    • [16]1978年7月 大阪市天王寺区に大阪出張所(現大阪支店)を設置
    • [17]1981年7月 西ドイツにYONEX SPORTS GmbH(販売会社)を設立(欧州市場への直接展開の起点)
    • [18]1982年7月 ヨネックススポーツ㈱をヨネックス㈱へ商号変更し、ゴルフ事業に進出して新素材のゴルフクラブを発売
    • [19]1983年2月 ヨネックス東京工場でストリングの製造を開始
    • [20]1983年8月 アメリカにYONEX AMERICA INC.を設立(米国市場直接参入)
    • [21]1987年3月 イギリスにYONEX U.K. LIMITEDを設立/1987年7月 台湾に生産会社YONEX TAIWAN CO., LTD.を設立
    • [22]1990年4月 本社を東京都文京区湯島三丁目23番13号へ移転、ヨネックス東京工場・ヨネックス貿易の2社を吸収合併
    • [23]1994年2月 東京証券取引所市場第二部へ上場
    • [15]「ヨネヤマ」が海外で発音しづらいため国際市場向けに「YONEX」へ切り替えた(ブランド由来)

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

ヨネックスの沿革1958〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1957〜1994年木工製品の衰退からバドミントン世界ブランドへの転身米山製作所を設立
自社ブランドによる販売を開始★★
貿易商社としてヨネヤマスポーツを設立
ミノルスポーツを設立、シャトルコックの製造・販売を開始★★
米山製作所をヨネヤマラケットに商号変更
本社第一工場を増設、テニスラケットの製造を開始★★
東京営業所を移転、同時に東京本店に昇格
ヨネヤマラケットをヨネックススポーツに商号変更、併せて"ヨネックス"の商標を出願
大阪出張所を新設
ドイツに販売会社YONEX SPORTS GmbHを設立
商号のヨネックスへの変更とゴルフ事業への進出、新素材クラブの発売

1982年7月、ヨネックススポーツ株式会社はヨネックス株式会社へ商号を変更し、同じ月にゴルフ事業へ進出して新素材のゴルフクラブを発売した。海外で読みにくい『ヨネヤマ』を『YONEX』へ寄せる社名の整理と、バドミントン・テニスに続く第3事業の追加を、同じ月にまとめて実行した判断であった。

詳細を読む
★★★
ゴルフ事業に参入★★
YONEX AMERICA INC.を設立
ヨネックス開発を設立、ゴルフ場開発に着手★★
ヨネックス東京工場とヨネックス貿易を吸収合併
子会社がカナダ代理店YONEX CANADA LIMITEDを買収
東京証券取引所市場第二部に株式を上場
1995〜2022年創業家3代の承継・ゴルフ場の減損とコロナ禍YONEX CORPORATION U.S.A.を設立
ヨネックス寺泊カントリークラブが営業開始
米山宏作新潟生産本部で環境管理システム国際規格ISO14001の認証を取得
米山宏作札幌営業所を開設
米山宏作ヨネックス開発を吸収合併
米山勉YONEX GOLF CHINA CO.,LTD.を設立
米山勉YONEX CANADA LIMITEDを清算
米山勉全国の物流拠点を東西2拠点に統合
米山勉東・西日本物流センターを新設
林田草樹東洋造機を完全子会社化
林田草樹BRIDGESTONE TECNIFIBRE CO.,LTD.を子会社化★★
林田草樹東洋造機をヨネックス精機に商号変更
アリサヨネヤマ非創業家社長の登用と、創業家3代目・米山有沙氏への社長交代

ヨネックスは2015年6月、創業家3代で受け渡してきた社長職を非創業家の林田草樹氏へ渡し、2022年4月には創業者・米山稔氏の孫にあたる米山有沙(アリサ・ヨネヤマ)氏へ戻した。就任時34歳での交代で、社長職だけを一度外へ出し、代表権は創業家の会長に置いたままの承継であった。

詳細を読む
★★★
2022年〜グローバル成長戦略(GGS)と過去最高売上1,383億円(2022〜現在)アリサヨネヤマ長岡工場の隣接地に研究開発施設「Yonex Performance Innovation Center」を開設
出典・参考

免責事項およびポリシー