ヨネックス非創業家社長の登用と、創業家3代目・米山有沙氏への社長交代

創業家の外へ出した社長職を、7年後になぜ孫へ戻したか

時期 2022年2月
意思決定者(推定) 米山勉・取締役会 代表取締役会長
論点 創業家承継と経営体制
概要
ヨネックスは2015年6月、創業家3代で受け渡してきた社長職を非創業家の林田草樹氏へ渡し、2022年4月には創業者・米山稔氏の孫にあたる米山有沙(アリサ・ヨネヤマ)氏へ戻した。就任時34歳での交代で、社長職だけを一度外へ出し、代表権は創業家の会長に置いたままの承継であった。
背景
社長職は1997年に創業者・米山稔氏から弟の米山宏作氏へ、2007年に稔氏の長男・米山勉氏へと創業家の内側で渡ってきた。勉氏が引き継いだのは2006年3月期に52億円の純損失を出した直後の会社で、売上高は戻したものの収益力の回復は限られていた。
内容
2015年6月23日、林田草樹氏が米山家以外で初の社長に就任し、米山勉氏は代表権を持つ会長として残った。2022年2月8日に社長交代が開示され、4月1日付で米山有沙氏が代表取締役社長に就任、林田氏は相談役へ移った。
含意
米山有沙社長の就任後、連結売上高は4期続けて過去最高を更新し、2025年3月期は1,383億円・営業利益142億円に達した。ただし地域別売上はアジアと日本で9割を占め、就任時に掲げた北米・インドの比重は小さいままである。
筆者の見解

代表権を手放さない中継ぎ

2015年の交代を、創業家経営からプロ経営者への切り替えと読むのは早い。林田草樹氏が社長に就いた時点で米山勉氏は代表権を持つ会長として残り、代表者の一角は創業家に置かれたままであった。社長の椅子だけを外へ渡したこの形は、翌2016年に入社した米山有沙氏が社内で経験を積む時間を確保する意味も持っていたとみられる。実際、同氏は2021年6月に取締役執行役員となり、その8カ月後に社長交代が開示された。

もっとも、この7年を待機の期間と片づけるのは公平でない。連結売上高は476億円から620億円へ伸び、営業利益は2017年3月期に41億円を付けた。金型の東洋造機やテニスボール製造会社の取り込みも林田氏の在任中に決まっており、就任後の4期連続の過去最高はその土台の上にある。ただ、地域別売上でアジアと日本が9割を占める偏りは残っており、承継の当否より、この偏りをどう動かすかで次の評価は決まるといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

創業家3代でつないだ社長職

ヨネックスの社長職は、長く創業家の内側で受け渡されてきた。1958年6月に米山製作所を設立した創業者・米山稔氏は、1997年6月、72歳で弟の米山宏作氏へ社長を譲った。宏作氏は六人兄弟の五男で、長兄が稔氏にあたる。宏作氏は2007年までの10年間を担い、その後は稔氏の長男・米山勉氏が引き継いだ。兄から弟へ、そして甥へという順で、創業から半世紀近く、社長は米山家から出ていた[1][2]

勉氏が引き継いだのは、上場後初の赤字を出した直後の会社であった。2006年3月期は連結売上高344億円に対して52億円の純損失を計上し、海外子会社やゴルフ場の事業再評価が響いた。翌2007年3月期の営業利益は8億円まで落ち、売上高354億円に対する利益率は薄い。勉氏の8年で売上高は2014年3月期の428億円まで戻したが、同期の営業利益は16億円にとどまった[3][4]

決断

社長職を一度、創業家の外へ

2015年6月23日、米山勉氏は社長を退き、非創業家の林田草樹氏が代表取締役社長に就いた。初代の米山稔氏、2代の米山宏作氏、3代の米山勉氏と続いた後で、米山家以外から社長が出るのは初めてであった。ただし勉氏が経営から離れたわけではなく、代表権を持つ会長として残っている。社長の椅子だけを外へ渡し、代表権は創業家に置いたままにする交代であった[5][6]

7年後、社長職は創業家へ戻る。2022年2月8日、ヨネックスは社長交代を開示し、4月1日付で米山勉会長の長女・米山有沙(アリサ・ヨネヤマ)氏が代表取締役社長に就任した。就任時34歳で、南カリフォルニア大学大学院の修士課程を修了して2016年に入社し、マーケティング部門を歩いて2021年6月から取締役執行役員マーケティング本部長を務めていた。林田草樹氏は退任後、相談役に就いた[7][8]

結果

中継ぎの7年と、その後の4期

林田氏の7年は増収の期間であった。連結売上高は2015年3月期の476億円から2020年3月期の620億円へ伸び、営業利益は2017年3月期に41億円を付けている。2019年12月には金型を手がける東洋造機を完全子会社化してラケット製造の技術を取り込み、2021年12月にはテニスボール製造会社を子会社化してテニス事業の品目を広げた。コロナ禍の2021年3月期は売上高516億円まで落ち、反転は次の社長の手に渡った[9][10]

米山有沙社長の就任後、連結売上高は2022年3月期745億円、2023年3月期1,070億円、2024年3月期1,164億円、2025年3月期1,383億円と4期続けて過去最高を更新し、営業利益も142億円に達した。同社長はグローバル成長戦略(GGS)で地域構成の分散を掲げるが、2025年3月期の地域別売上はアジア49.2%・日本42.0%に対し米州5.0%・欧州他3.8%で、北米とインドの比重は小さいままである[11][12]

出典・参考

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