住友電工独ワイヤーハーネスメーカーの買収と住友電装の完全子会社化
電線から始めた会社が自動車部品を主力に据えるとき、松本正義社長は何を買い、何を取り込んだか
- 概要
- 2006年3月、住友電気工業と住友電装はドイツのフォルクスワーゲン ボードネッツェ社を買収し、翌2007年8月には議決権の53.9%にとどまっていた住友電装を株式交換で完全子会社とした。松本正義社長のもとで、自動車用ワイヤーハーネスをグループの主力に据え直す一連の判断であった。
- 背景
- ワイヤーハーネス事業は日系自動車メーカーの海外生産に付き従って伸び、2004年末には拠点が28カ国68社に及んでいた。一方で欧州の完成車メーカーへ直接収める部分は細く、事業の企画は住友電工、設計と製造は住友電装という分業も残っていた。
- 内容
- フォルクスワーゲンとシーメンスVDOが50%ずつ出資していたボードネッツェ社を買収し、スミトモ エレクトリック ボードネッツェとして傘下に収めた。あわせて名古屋証券取引所に上場していた住友電装と株式交換を行い、2007年8月に完全子会社としている。
- 含意
- 中期経営計画が掲げた世界シェア25%の目標は2010年度に前倒しで達成された。2025年3月期の自動車関連事業は売上高2兆7,326億円と連結の58%を占め、1897年に銅線の製造から始まった会社の主力は自動車部品へ入れ替わった。
誰に売る会社になるか
この2年の動きを、シェアを買い足した海外M&Aとだけ読むと要点を外す。フォルクスワーゲン ボードネッツェの買収で手に入ったのは生産設備よりも、日系メーカーへの追随では届かなかった欧州の完成車メーカーという顧客であった。松本正義社長が2004年末に「シェア20%はもう見えています」と語ったあとに残っていたのは、シェアの数字ではなく、誰に売る会社になるのかという選択だったとみることができる。
もっとも、買った顧客がすぐ利益に変わったわけではない。2009年3月期の自動車関連事業は営業利益が61億円まで落ち、需要の減少にワイヤーハーネスの欧米での工場再編・移転費用が重なった。その前年に住友電装を100%子会社にしていたため、この痛みは四日市の少数株主を交えず、グループだけで引き受けている。買い増しの成否は、買った年ではなく、その後の数年をどう持ちこたえられるかに表れるといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
28カ国68社に広がったワイヤーハーネス
住友電気工業のワイヤーハーネス事業は、1931年に資本参加した東海電線(現・住友電装)を製造の担い手として育ち、日系自動車メーカーの海外生産に付き従って各国へ広がった。松本正義社長は2004年末、ハーネスだけで28カ国68社を抱えていると語り、世界シェア20%を掲げた「グローバル20」について、韓国・京信工業への出資でシェアが2.5ポイント上がり、新年は17.5%から始まると述べている[1][2]。
拡大には限界も見えていた。松本社長は同じ場で、28カ国の拠点を住友電工と住友電装だけでは管理しきれず、銀行からの中途採用にまで手を伸ばしてなお人材が足りないと述べている。加えて、日系メーカーへの追随で積み上げたシェアには弱いところがあった。欧州の完成車メーカーへ直接収める部分が細く、20%の先へ進むには売る相手そのものを変える必要があった[3][4]。
五部門のうち最大になっていた自動車関連
2007年3月期の住友電工の連結売上高は2兆3,843億円で、自動車関連・情報通信・エレクトロニクス・電線機材エネルギー・産業素材の5部門を抱えていた。このうち自動車関連事業は1兆958億円と全体の46%を占め、営業利益も580億円で5部門のなかで最も大きかった。1897年に大阪で銅線の製造を始めた会社の売上を、すでにワイヤーハーネスと防振ゴムが支えていた[5]。
もっとも、その主力を担う会社は連結の内側で二つに分かれていた。住友電工が事業の企画と営業を、住友電装が設計と製造を受け持つ分業が続き、住友電工が握る住友電装の議決権は53.9%にとどまっていた。住友電装は三重県四日市市に本社を置き、名古屋証券取引所に上場する別会社であった。日系メーカーの海外展開が速まるほど、二社にまたがる意思決定の重さが目立っていた[6][7]。
決断
フォルクスワーゲンの内側にあった会社を買う
2006年3月27日、住友電工と住友電装は、ドイツのフォルクスワーゲン ボードネッツェ社を買収することで、株主であるフォルクスワーゲンとシーメンスVDOの両社と合意したと発表した。同社は両社が50%ずつ出資し、主にフォルクスワーゲン向けに自動車用ワイヤーハーネスと関連製品を生産しており、2005年の売上高は4億4,600万ユーロ、日本円で約624億円であった[8]。
買収は完成車メーカーの内側にあった部門を、そのまま部品会社の側へ移す取引であった。買収後の会社はスミトモ エレクトリック ボードネッツェとしてウォルフスブルクに本社を置き、議決権は住友電工が直接60%、住友電装を通じて40%を持った。世界3位であったグループのシェアは、この買収で20%に届く見通しとなった。日系メーカーへの追随では手の届かなかった顧客を、供給実績ごと引き受けた買収であった[9][10][11]。
53.9%の子会社を100%にする
欧州で顧客を得た翌年、住友電工は連結の内側へ手を入れた。2007年5月11日、住友電装を株式交換によって完全子会社にすると発表する。狙いは、グループ内の意思決定の二重化や重複を解消し、統一したガバナンスのもとで経営資源を活かすことに置かれた。企画と営業、設計と製造を二社に分けたままでは、日系メーカーの拠点拡充の速さに追いつけないという判断であった[12]。
株式交換は2007年8月に実行され、住友電装の株式は名古屋証券取引所での上場を廃止された。住友電工は同じ年の12月、議決権33.0%の持分法適用会社であった日新電機の株式を買い増して51.7%を握り、連結子会社としている。前年のドイツでの買収と合わせ、2006年から2007年にかけて、自動車部品を中心にグループの資本関係が組み替えられた[13][14][15]。
結果
金融危機での減益と、前倒しで届いたシェア25%
買収の効き目が試されたのは、2008年秋からの自動車市場の縮小であった。2009年3月期の自動車関連事業は、売上高が9,171億円と前期比23.5%減り、営業利益は61億円と683億円の減益となった。有価証券報告書は理由として、需要の減少に加えてワイヤーハーネスの欧米での工場再編・移転費用が集中したことを挙げている。買い取った拠点を作り替える費用が、需要の落ち込みと重なっていた[16]。
それでも世界シェアは伸び続けた。中期経営計画「12Vision」が掲げたグローバルシェア25%の目標を、住友電工は2010年度に前倒しで達成している。ドイツで買い取ったスミトモ エレクトリック ボードネッツェも、2013年8月末には東欧・北アフリカ・メキシコ・中国・ロシアに12の子会社を抱え、従業員は2万2,333人に達した。フォルクスワーゲンの一部門であった会社が、周辺国へ生産を広げる拠点に変わっていた[17][18]。
主力が入れ替わった売上構成
2025年3月期の住友電工の連結売上高は4兆6,797億円で、このうち自動車関連事業が2兆7,326億円と58%を占めた。セグメント利益は1,723億円、従業員は22万8,363人にのぼり、5部門のなかで売上・利益・人員のいずれも最大である。情報通信関連事業の売上高は2,184億円で、自動車関連の12分の1にとどまる。銅線の製造から始まった会社の主力は、完全に入れ替わった[19]。
子会社を100%にする動きは、その後も続いた。住友電工は2023年、株式公開買付けによって日新電機とテクノアソシエをそれぞれ完全子会社とし、上場を残していた子会社を整理している。2007年に住友電装で用いた手法を、電線・機材やエネルギー、産業素材の中核会社にも当てはめた。四日市の住友電装を丸ごと抱えた判断は、その後のグループ再編の先例になっている[20][21]。
- 週刊東洋経済 2004年12月25日号「[KeyPerson]住友電気工業社長 松本正義 2005年の国際環境 新年は侃々諤々の「喧噪の年」」
- Response(レスポンス)2006年3月27日「住友電工、住友電装がVWのワイヤーハーネス子会社を買収」
- Response(レスポンス)2007年5月11日「住友電工、住友電装を完全子会社化」
- 住友電装 企業情報「沿革」
- 住友電気工業 SEIニュースレター 2013年10月「今月のグループ会社紹介 SEBN」
- 日新電機 ニュースリリース 2023年3月23日「支配株主である住友電気工業株式会社による当社株式に対する公開買付けの結果に関するお知らせ」
- 住友電気工業 有価証券報告書(2007年3月期・2008年3月期・2009年3月期・2013年3月期・2025年3月期)