倉内憲孝

住友電工・元代表取締役社長

Kurauchi Noritaka(敬称略)

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社長就任 1991年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1958年4月に住友電気工業へ入社し、常務取締役から1991年6月に代表取締役社長へ上がった生え抜きである。工学部の出身で、入社から社長就任まで33年を社内で過ごした。専務・副社長を経ずに常務から社長へ移っており、代表取締役専務から上がった前任の川上哲郎氏より一段低い役位からの登用だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1991年6月、川上哲郎氏の後任として代表取締役社長に就任した。川上氏は同じ年に代表取締役会長へ移っている。就任翌期の1992年3月期の連結売上高は1兆1,572億円、純利益は320億円で、以後1996年3月期まで売上は1兆1,000億円台にとどまった。前任が広げた海外生産と機能素材を、伸びの止まった国内需要のもとで回す役回りだったとみられる。

在任中の主な施策
施策

1994年、米国に光ファイバ子会社スミトモ エレクトリック ライトウェーブを設立した。1986年に米国へ出したワイヤーハーネスに続き、光ファイバでも北米に生産拠点を開設した。退任と同じ1999年には、ブレーキ・ABS事業を住友電工ブレーキシステムズへ譲渡し、住友電工ファインポリマーを分社した。事業ごとに会社を切り出す再編は、ここから2003年まで続く。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1958〜1999年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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