川上哲郎

住友電工・元代表取締役会長

Kawakami Tetsuro(敬称略)

更新:
社長就任 1982年6月
生年月日 —
学歴 東京商科大学
出自 —
社長就任までの出自
出自

1952年に住友電気工業へ入社し、1975年に取締役、1978年に常務取締役、1980年に代表取締役専務と進んで1982年6月に代表取締役社長へ上がった生え抜きである。入社から社長まで30年、取締役就任から7年をかけて役員の段を順に踏んだ。就任前の1974年9月時点の大株主は住友生命保険8.65%を筆頭に生命保険会社と住友系金融機関が並び、個人株主は上位10位に入っていない。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1982年6月、亀井正夫氏の後任として代表取締役社長に就任した。亀井氏は同じ月に取締役会長へ移っている。前任の在任中に光ファイバ・ケーブルの製造開始、ナイジェリアの通信網工事受注、初の時価発行増資が並び、事業と資金調達の幅が広がっていた。専務まで役員を7年務めた社内の序列どおりの交代だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

1985年に合成ダイヤモンド単結晶製品を事業化した。1962年の電子線照射イラックスチューブに始まる新事業の並びは、この合成ダイヤモンド単結晶で締めくくられている。1986年には米国にスミトモ エレクトリック ワイヤリング システムズを設立し、自動車用ワイヤーハーネスの現地供給体制の第一歩を記した。日本の完成車メーカーの北米生産に合わせて部品を現地で作る判断だったとみられる。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1952〜1999年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

免責事項およびポリシー