米ルーセントの光ファイバ買収(2001年・古河電工の決断)更新:2026/07/26論点銅線に代わる光ファイバ事業を買収するか古河電工:業績の推移売上高(億円)当期純利益率(%)データ出所ケーブル部門の取り込みによる世界シェア2位への浮上何をなぜ決めたか:ケーブル部門の取り込みによる世界シェア2位への浮上概要2001年7月24日(米国時間)、古河電気工業は米ルーセント・テクノロジーズの光ファイバー部門を総額27億5,000万ドルで買収すると発表した。自社負担は18億7,500万ドル(約2,250億円)で、米コムスコープ、米コーニングと三者で分担した。同年11月に買収を完了し、世界シェアは7%前後から22%前後へ上がってコーニングに次ぐ2位となった。背景1995年6月に社長へ就任した古河潤之助氏のもとで、古河電工は新製品比率を高め、1990年に北米で合弁設立した光部品メーカーJDSユニフェイズ株の高騰で巨額の含み益を抱えた。一方、本業の光ファイバでは世界4位・シェア7%前後にとどまり、首位の米コーニングとの差は大きかった。内容売り手のルーセントはITバブル崩壊で業績が悪化し、2001年2月に身売りを決めていた。仏アルカテルによる一括買収が5月に決裂した後、光ファイバー部門だけを切り出す方針へ変わり、2カ月の争奪戦の末に古河電工が落札した。ルーセントの約900件の特許と、コーニングの特許使用権も引き継いだ。含意契約締結は米同時多発テロとコムスコープの資金難で二度延び、その間に頼みの株式含み益は約2兆円から1,500億円程度へ縮んだ。買収後の需要は戻らず、2003年3月期に1,140億円、2004年3月期に1,401億円の最終赤字を計上した。古河潤之助氏は2003年に会長へ就任した。いつ何が起きたか10件考察:値上がりした担保で買収し、値下がりしてから払う考察考察:値上がりした担保で買収し、値下がりしてから払う約2兆円と言われたJDSユニフェイズ株の含み益は、契約が締結される前に5,000億円へ、さらに1,500億円程度へと減少していた。値上がりした株を後ろ盾に決めた買い物の代金を、値下がりしたあとに払ったことになる。実際に戻るまでには十年以上を要し、その差が二期で2,500億円を超える最終赤字となって表れただろう。ただ、買った資産そのものが誤りであったとは言い切れない。ルーセントの約900件の特許とコーニングの特許使用権は失われず、赤字のまま二十年以上抱えた事業が2025年にLighteraへ組み直され、現在は情報通信ソリューション売上の3割を超えるデータセンタ関連製品を支えている。売却していれば、この収穫は他社のものであった。買収の失敗として記録された判断が、売らずに持ち続けた年月によって別の評価を得た点に、この決断の輪郭があるといえる。Yutaka Sugiura, 2026年7月参考文献参考文献参考日経ビジネス 2001年3月12日号古河電気工業 有価証券報告書【沿革】古河電気工業 有価証券報告書(2002年3月期〜2004年3月期・連結)古河電気工業 ニュースリリース 2025年3月6日「光ファイバ・ケーブル事業の運営体制を刷新、4月1日より新ブランド「Lightera」が始動」古河電気工業 2025年度第3四半期 決算説明会 質疑応答次に読む決断古河電工の意思決定1923年古河電工古河電工独シーメンスと富士電機設立資本・技術提携にもとづく合弁会社の設立と、重電分野への足がかり1923年2010年古河電工古河電工光ファイバとワイヤーハーネスのカルテル第三者調査委員会の設置と各国当局への対応2010年同じ問い:新技術による祖業の転換2003年セーレンセーレン自社製品への転換下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換2003年2003年アンリツアンリツモバイル計測に先行投資携帯通信の世代交代を先取りした、需要が立つ前からの資源投入2003年1997年三共三共ノスカールの国際展開糖尿病薬の海外展開が新たな収益源に育たず終わった戦略の挫折1997年1994年クラレクラレポバール・エバール中心の非繊維事業拡大汎用繊維の規模競争の回避と、研究開発の工場への集約1994年1993年JSRJSRフォトレジストへ集中投資上位を望めない事業の整理と、半導体材料への研究費・設備の重点配分1993年×出所