携帯通信の世代交代を先取りしたモバイル計測への先行投資

ITバブル崩壊の底で、汎用計測から次の主力へどう賭けるか

更新:

時期 2003
意思決定者 塩見昭 社長
論点 主力事業の選定と先行投資のタイミング
概要
ITバブル崩壊で業績が半減したアンリツが、携帯通信の世代交代(3G→LTE→5G)を先取りし、端末の開発・製造用測定器へ市場の立ち上がり前から投資を重ねた面的な戦略。10年越しに実を結び、5G測定で世界を二分する主力事業へ育てた判断である。
背景
2001年からの通信バブル崩壊で連結売上高は2003年3月期に785億円へ半減し、327億円の純損失を計上した。幅広い事業を抱える「アメーバ企業」からの脱却を進めるなかで、次の主力をどこに置くかが問われていた。
内容
塩見昭社長が残す領域を「Mobile and/or Internet」と定め、NTTドコモなどが導入する3G規格に向け端末用測定器へ先行投資した。戸田博道社長が3G重視を引き継ぎ、以後LTE・5Gと世代が進むたびに次世代の測定へ研究開発を重ねた。
含意
危機の底で、まだ来ていない世代へ資源を投じた先行投資であった。世代交代のたびに仕込みと回収を繰り返す腰の長い戦略が主力化を支えた一方、需要が通信投資の波に左右される構造は残り、モバイルに頼らない柱づくりが次の課題となった。
筆者の見解

波に賭ける、忍耐の投資

この判断の特徴は、目先の業績ではなく、まだ来ていない世代へ資源を投じた点にある。ITバブル崩壊で在庫の怖さを味わった直後に、アンリツは汎用計測から手を引くのではなく、次に来る3Gへ先行して投資した。市場が立ち上がる前に技術を仕込む賭けは、当たれば世代交代のたびに商機を生むが、外せば投資だけが先んじて重荷になる。危機の底でこの賭けに踏み込んだ判断が、後のモバイル計測の主力化を支えたとみることができる。

もっとも、先行投資で築いた強みは、同じ波に業績が揺れる弱さと表裏であった。3G・LTE・5Gと世代が変わるたびに需要の山と谷が訪れ、5Gがピークを越えれば次の谷が待つ。世代交代を測る技術で世界を二分しながら、その技術がモバイルへ偏るほど、通信投資の波から自由になれない。先行投資で頂点に立った会社が次に問われるのは、波に乗る強さを、波に頼らない強さへどう広げるかという課題であるといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

通信バブル崩壊が刻んだ在庫の怖さ

2000年代の初め、アンリツは通信バブルの崩壊に直撃された。2001年3月期に1,590億円あった連結売上高は2003年3月期には785億円へ半減し、同期には327億円の純損失を計上した。計測器は通信投資の波に業績が揺れ、後に橋本裕一社長は「ITバブル崩壊で在庫が膨らんでいった時の怖さは今でも忘れない[2]」と振り返っている。汎用の計測器を広く手がけるだけでは波に翻弄されるという痛みを、この時期に刻んだ[1]

痛手の底で問われたのは、次の主力をどこに置くかであった。アンリツは幅広い事業を抱える「アメーバ企業」と呼ばれ、選択と集中で事業を絞り込んできたところであった。塩見昭社長は残す領域を「Mobile and/or Internet」と定め、モバイルとインターネットへ経営資源を寄せる方針を掲げた。通信の主役が固定電話から携帯電話へ移る流れのなかで、携帯に賭けるという方向が定まっていった[3]

決断

世代交代の前に技術を仕込む

アンリツが選んだのは、携帯通信の世代交代を先取りして測定器を仕込むことであった。2000年代の初頭、NTTドコモなどが導入する第3世代(3G)の規格に向け、端末の開発・製造に使う測定器へ積極的に投資した。市場が本格的に立ち上がる前に技術を用意しておけば、需要が来たときに真っ先に応えられる。世界の携帯の多くがなお2G方式であった時期に、次の世代へ資源を投じる先行投資であった[4]

賭けは一代では完結しなかった。戸田博道社長は、第2世代から第3世代への移行のなかで3G携帯にフォーカスしてソリューションを提供してきたと述べ、路線を引き継いだ。3GからLTE、そして5Gへと規格が進むたびに、アンリツは次世代の測定へ研究開発を重ねた。中期経営計画ではモバイル計測のグローバルリーディングを掲げ、LTE-Advancedや5Gへの投資加速を明示した。世代交代のたびに仕込みと回収を繰り返す、腰の長い戦略であった[5][6]

結果

10年越しに実った投資と、5Gの世界二分

先行投資は、10年ほどを経て実を結んだ。3Gとスマートフォンの普及が進むと、端末メーカー向けの測定器需要が広がり、業績は底から立ち直った。2012年3月期の連結売上高は936億円、営業利益は144億円へ回復し、橋本裕一社長は「この10年間の投資がようやく実った」と振り返っている。連結売上高の6割を海外が占め、主力の販売先は中国・韓国・台湾の端末組み立てメーカーであった[7][8]

主力に育ったモバイル計測は、5Gでも世界の先頭に立った。5Gスマートフォンの開発向け測定器では、アンリツと米キーサイト・テクノロジーが市場の大部分を占め、世界を二分する寡占となった。かつて電電公社向けの公衆電話を手がけた計測メーカーが、スマートフォンの世代交代を測る装置で世界の一角を占めるに至った。もっとも、需要が世代交代の波に左右される性格は変わらず、5Gがピークを越えると新たな柱づくりが課題となった[9]

出典・参考
  • 日経産業新聞(2012年3月)
  • 情報通信ジャーナル(2000年9月・塩見昭社長)
  • アンリツ アニュアルレポート2008(戸田博道社長)
  • アンリツ「通信計測事業」(公式サイト・IR)
  • アンリツ 有価証券報告書(2003年3月期・2012年3月期・連結)
  • アンリツ 有価証券報告書 第99期(2025年3月期)【沿革】