フォトレジストへ集中投資(1993年・JSRの決断)

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論点黒字事業から撤退して電子材料へ集中するか
上位を望めない事業の整理と、半導体材料への研究費・設備の重点配分

何をなぜ決めたか:上位を望めない事業の整理と、半導体材料への研究費・設備の重点配分

概要

1993年7月、日本合成ゴムはベルギーの化学会社UCBとの合弁会社UCB-JSR ELECTRONICS S.A.の株式を追加取得し、同社と米国の販売会社UCB-JSR ELECTRONICS,INC.の2社を子会社にした。UCBの持分は2億ベルギーフラン(約6億5,000万円)で取得し、フォトレジストを日米欧の3極で販売する体制を構築した。

この取得は、前年から掲げた事業選別の方針に沿うものであった。参入した事業ではシェア1位か2位を目標とし、達しないと判断すれば利益が出ていても撤退する。松本栄一社長は『わが社を総合化学メーカーにするつもりはない。合成ゴムを中心とした専門会社を目指す』と言い切り、合成ゴムで蓄積した合成技術を応用できる電子材料へ資源を配分した。

背景

本業の合成ゴムは、外部の変化に業績を左右されてきた。第2次石油危機ではゴム原料が値上がりし、1982年3月期の営業利益は前期から65%減少した。1985年のプラザ合意後の円高では、輸出に依存する自動車産業が打撃を受け、タイヤ向けの販売が減少した。1993年3月期の連結売上高2,046億円のうち、合成ゴムが42.8%、合成樹脂が31.0%を占めていた。

電子材料は、その本業を補う事業として長く育ててきた。1979年4月にフォトレジスト、1984年4月に光ファイバーコーティング材料、1988年3月に液晶ディスプレイ材料の販売を開始した。しかしフォトレジストは国内の系列取引に阻まれて利益が出ず、社内で撤退論が出たこともある。多角化部門の連結営業損益は、1992年3月期に3,200万円の赤字であった。

内容

この時期の投資は、フォトレジストの研究と海外展開に集中した。フォトレジストの国内シェアは25%で、首位の東京応化工業に次ぐ2位であった。6月に四日市工場内へ20億円を投じた専用の研究棟を完成させ、64メガ・256メガビットのDRAM向け製品を開発する拠点とした。研究開発費は売上高の6%の水準を保ち、その半分以上をエレクトロニクス関連に充てる方針である。

撤退も同じ時期に進めた。1992年11月にチバガイギーとの合弁会社リッキーコンタクトレンズの持株を同社へ売却し、1993年8月には10年続けたバイオ関連の研究を打ち切った。さらに1994年3月期からの3年間のリストラで、中核商品のスチレン・ブタジエンゴムを40品目から半分近くまで減らした。

含意

投資は4年後に生産設備として形になった。1997年3月に米国子会社JSR Micro,Inc.のフォトレジスト工場が竣工し、同年12月には社名をJSRへ変更した。フォトレジストの世界の販売シェアは約2割で第2位となり、光・電子材料部門の売上構成比は1997年3月期に17%(単独)まで上がった。その原資は、コスト削減で毎年100億円を超えるキャッシュフローを生むようになった合成ゴム部門であった。

その後、電子材料を含む多角化事業は利益の中心になった。2006年3月期の多角化事業の売上高は1,427億44百万円で、連結売上高の42.2%を占めた。営業利益は382億25百万円で、連結営業利益533億57百万円の7割強に当たる。朝倉竜夫氏(当時相談役)は1997年に『多角化の成功のポイントは海外に出たことだった』と言い切っている。

いつ何が起きたか12件
考察:利益より順位で選んだ事業
考察

考察:利益より順位で選んだ事業

なぜ利益の出ている事業から撤退したのか。1993年の日本合成ゴムは、合成ゴムと合成樹脂で連結売上高の7割強を占め、需要と原料価格の変動に業績を揺さぶられていた。限られた研究費を多くの新事業に配れば、どれも上位を確保できない。そこでシェア1位か2位という基準を置き、黒字のコンタクトレンズやバイオから撤退した。浮いた資源をフォトレジストへ充当したのは、合成ゴムの合成技術を応用でき、国内2位として首位を追える位置にあったからだろう。

もっとも、この集中は本業の稼ぎがあって初めて成り立つ。電子材料の研究費と海外投資を賄ったのは、品目を半分近くに減らした合成ゴム部門が生む毎年100億円超のキャッシュフローであった。本業が不況で崩れれば、原資そのものが縮小する。実際、単独の営業利益は1998年3月期の6,625百万円から、翌期は2,792百万円に減少した。世界2位の順位も、首位との差を詰め切ったわけではない。集中は、本業が安定して稼ぐという前提の上に立っていたとみられる。

結果として、この決断は成功であった。2006年3月期には多角化事業が連結売上高の42.2%を占め、連結営業利益533億円のうち382億円を計上した。1993年3月期に合成ゴムと合成樹脂が売上の7割強を占めた会社は、2006年3月期には営業利益の7割強を電子材料を含む多角化事業から得る会社に変わった。黒字でも上位を望めない事業を整理し、競争優位を持つ事業に資源を集中した判断が、この構成の変化を生んだ。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
概況
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図と表

JSR:単独の売上高と営業利益の推移

JSR:単独の売上高と営業利益の推移
(百万円)売上高営業利益備考
1989年3月期192,49513,132第44期
1990年3月期194,2989,238第45期
1991年3月期203,4097,340第46期。湾岸危機による原料・燃料の値上がりで営業減益
1994年3月期167,515△146第49期。UCB-JSRの2社を子会社化した期。営業損益は146百万円の赤字
1995年3月期169,0442,554第50期
1996年3月期182,0268,378第51期
1998年3月期162,8856,625第53期。JSRへ社名変更した期
1999年3月期137,9432,792第54期。1998年4月にABS樹脂設備をテクノポリマーへ譲渡
出所:ヤノ・レポート 1992年3月10日号(884号)表8「日本合成ゴム業績推移」(第44〜46期)。売上高の第44・45期は帝国銀行会社年鑑 第70版(1990)別冊・第71版(1991)別冊の売上高ランキングとも一致 / ヤノ・レポート 1996年9月25日号(989号)表-2「日本合成ゴム業績推移」(1994年3月期〜1996年3月期) / JSR 第53期 決算書(1998年3月期)損益計算書 / JSR 第54期 決算書(1999年3月期)損益計算書
出所:ヤノ・レポート 1992年3月10日号(884号)表8「日本合成ゴム業績推移」(第44〜46期)。売上高の第44・45期は帝国銀行会社年鑑 第70版(1990)別冊・第71版(1991)別冊の売上高ランキングとも一致 / ヤノ・レポート 1996年9月25日号(989号)表-2「日本合成ゴム業績推移」(1994年3月期〜1996年3月期) / JSR 第53期 決算書(1998年3月期)損益計算書 / JSR 第54期 決算書(1999年3月期)損益計算書

JSR:多角化部門の営業損益(連結)

JSR:多角化部門の営業損益(連結)
(百万円)多角化部門の営業利益備考
1992年3月期△32
1993年3月期527フォトレジストと光ファイバー被覆材の売上高が約100億円に増加
出所:日経ビジネス 1993年9月13日号「日本合成ゴム 儲かる事業でも撤退 電子関連製品に集中投資」
出所:日経ビジネス 1993年9月13日号「日本合成ゴム 儲かる事業でも撤退 電子関連製品に集中投資」
参考文献

参考文献

参考
  • JSR 有価証券報告書 第61期(2006年3月期)【沿革】
  • 日経ビジネス 1993年9月13日号
  • 日経ビジネス 1997年7月7日号
  • JSR 有価証券報告書 第61期(2006年3月期)【業績等の概要】
  • 日経ビジネス 1993年8月23日号
  • ヤノ・レポート 1992年3月10日号(884号)表8(第44〜46期)。売上高の第44・45期は帝国銀行会社年鑑 第70版(1990)別冊・第71版(1991)別冊の売上高ランキングとも一致
  • ヤノ・レポート 1996年9月25日号(989号)表-2(1994年3月期〜1996年3月期)
  • JSR 第53期 決算書(1998年3月期)損益計算書
  • JSR 第54期 決算書(1999年3月期)損益計算書
  • JSR 決算書「第53期 決算書(平成9年4月1日〜平成10年3月31日)」
  • JSR 決算書「第54期 決算書(平成10年4月1日〜平成11年3月31日)」
  • JSR 有価証券報告書「第61期(2006年3月期)【沿革】【業績等の概要】」

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