東京応化工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

大手が本気で来ない狭さを選び、その資源配分を40年変えなかった。1984年、技術的に近く成長も見込めた塩化ビニールへの参入を見送り、大手が入りにくい材料へ研究開発と生産を集中した。伊藤毅雄社長が挙げた理由は技術ではなく規模で、資本金5億円台・従業員700人の中堅にとって、年60億円というフォトレジスト市場の小ささこそが避難場所であった。研究開発には予算の枠も中長期計画も置かず、顧客の製造ラインごとに300種類以上のレジストを作り分けている。半導体用フォトレジストで国内シェア7割強を占めた1986年7月、東京証券取引所市場第二部へ株式を上場した。利益と銀行借入だけで工場網と研究開発を賄う段階は、ここで終わった。

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