歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ
創業1962年3月、世界市場へ出ようとするソニーが基礎部材の輸入依存から抜けるため、東京都品川区に「ソニーケミカル」を設立した。最初の客は親会社で、回路基板用の接着剤付き銅箔をソニーのラジオやテレビ向けに納めて事業が立った。部材を自前で作り込めなければ量産と品質を両立できず、内製化は親の世界進出を支える条件だった。親が先端デバイスを売ったぶん子会社の素材技術も育ち、異方性導電膜(ACF)が外販へ伸びていった。
決断事業構造を決めたのは、2012年にソニーがケミカル事業をPEファンドへ売却し、親の傘から切り離したことである。50年間グループ内に部材を納めてきた子会社が、外販と収益責任を自前で背負う独立企業へ組み替えられた。ソニーの売却が迫った自立のもとでACF・反射防止フィルム・光学弾性樹脂の3技術は世界シェア1位の収益源へ押し上げられ、2019年就任の新家由久のもとで高収益体質が固まっていった。
決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く
- Q なぜ1962年にソニーは「ソニーケミカル」を設立してまで素材を内製化したのか
- A 世界市場へ出ようとするソニーが、基礎部材を輸入に頼ったままでは量産と品質を両立できなかったためである。1962年3月、東京都品川区に「ソニーケミカル」を設立し、プリント基板用の接着剤付き銅箔をソニーのラジオやテレビ向けに納めて事業が立った。最初の客は親会社で、部材を自前で作り込むことが親の世界進出を支える条件だった。親が先端デバイスを売ったぶん子会社の素材技術も育ち、1977年に量産化した異方性導電膜(ACF)が外販へ伸びていった。
- Q なぜ2012年にソニーはケミカル事業をPEファンドへ売却し親の傘から切り離したのか
- A ソニーが事業ポートフォリオ改革の一環で、グループ内に部材を納めてきたケミカル事業をPEファンドへ手放したためである。2012年9月、日本政策投資銀行とユニゾン・キャピタル系ファンドが出資するVGケミカルが旧ソニーケミカル&インフォメーションデバイスの全株式を取得し、ソニーから完全独立した。50年間グループ内向けだった子会社が、外販と収益責任を自前で背負う独立企業へ組み替えられ、ACF・反射防止フィルム・光学弾性樹脂の3技術は世界シェア1位の収益源へ押し上げられた。
- Q なぜ2024年にフォトニクス事業を社内開発でなく企業買収でそろえたのか
- A スマートフォン実装に効く機能性材料に次ぐ収益源を、自前の素材研究を待たず外部企業ごと取り込むためである。2020年にマイクロデバイスを手掛けるDexerials Precision Componentsを設立し、2022年に京都セミコンダクターを連結子会社化、2024年4月に両社を統合してデクセリアルズフォトニクスソリューションズを操業させた。新家由久社長は2024年11月に成長投資へ最大1800億円を表明しており、次の収益源づくりは企業買収で前に進んでいる。
歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く
1962年〜2011年 ソニー素材子会社としての50年
「ソニーケミカル」設立 ── 国産プリント基板の自前化
1962年3月、ソニー株式会社は東京都品川区北品川に「ソニーケミカル株式会社」を設立した[1][2]。プリント基板の国産化を目指し、回路基板用接着剤付き銅箔製品と工業用接着剤製品の製造・販売を目的とする素材子会社[3]で、ソニーが世界市場で展開するトランジスタラジオ・テレビ・テープレコーダーを支えるサプライチェーンの内製化が背景にあった。当時の日本電機産業は基礎部材の多くを輸入に依存しており、ソニーのような新興メーカーは自社で部材を作り込まないと量産と品質の両立が難しかった。素材内製化は、デバイスメーカーが世界市場へ出ていく前提条件として、グループ内に技術蓄積を起こす役割を担った。
1963年1月に羽田工場(東京都大田区)が操業を開始し[4]、1964年4月から回路基板用接着剤付き銅箔と接着剤の製造が本格化した[5]。創業から十数年は地味な部材メーカーの域を出なかったが、1977年12月に量産化した「異方性導電膜(ACF)」[6]が、後に世界市場で支配的地位を獲得する基幹製品となる。ACFは半導体チップを基板に接続する導電性フィルムで、後のLCDモジュール・ICドライバ実装の世界標準技術となり、ソニーグループ外の電子機器メーカーにも供給される素材ビジネスへと発展した。
上場 ── ソニーの株式公開子会社時代
1987年7月、ソニーケミカル株式会社は東京証券取引所第二部に上場した[7]。当時のソニーグループでは、ソニーケミカル・ソニーファイナンス・SCN等の子会社が個別上場しており、グループの素材技術子会社として独自の資本市場アクセスを持つことが許された時期だった。1994年7月にはリチウムイオン電池用2次保護素子(SCP)を製造開始し[8]、二次電池の安全部品分野へも参入した。
しかし2000年代に入ると親会社ソニーの構造改革で子会社の上場政策が見直され、2000年1月にソニーケミカル株式会社は株式交換により株式上場を廃止、ソニーの100%完全子会社となった[9]。上場後12年で公開子会社から非公開子会社へと戻り、以後12年間にわたるソニー完全子会社時代が始まる。2002年1月に反射防止フィルム(ARF)[10]、2007年4月に光学弾性樹脂(SVR)を製造開始し[11]、ACF・ARF・SVRの3製品で機能性材料の事業基盤を完成させた。2006年7月にはソニーケミカル株式会社を存続会社としてソニー宮城株式会社を吸収合併し、社名を「ソニーケミカル&インフォメーションデバイス株式会社」へ変更[12]、情報デバイス事業を統合した。
2012年〜2018年 PEファンド主導のカーブアウトと再上場
VGケミカル設立とソニーからの完全分離
2012年6月、株式会社VGケミカルが設立された[13]。日本政策投資銀行とユニゾン・キャピタル株式会社がアドバイザー等を務めるファンドが出資する持株会社で[14]、ソニーが事業ポートフォリオ改革の一環としてケミカルプロダクツ関連事業を売却するための受け皿として組成された。同年9月、VGケミカルが旧ソニーケミカル&インフォメーションデバイス株式会社(同年9月に「旧デクセリアルズ株式会社」に商号変更済)の全株式を取得し、ソニーから完全独立した[15]。
2013年3月、VGケミカルが旧デクセリアルズ株式会社を吸収合併し、商号を「デクセリアルズ株式会社」に変更した[16]。50年以上ソニーグループの素材子会社として運営されてきた事業が、ここでPE主導の独立企業へと法的にも組み替えられた。「Dexerials」という新社名は「Devices(デバイス)」「Excellence(卓越)」「Materials(素材)」「Alliance(提携)」を組み合わせた造語で、機能性材料メーカーとしての独立アイデンティティを示すものとして採用された。FY12(2013年3月期)は変則期で、単体売上高39億円・経常損失17億円と一時的に赤字となり、独立直後の事業基盤の脆さを示した。
2015年再上場 ── PEエグジットの完了
2015年7月、デクセリアルズは東京証券取引所市場第一部に株式を再上場した[17]。2000年1月のソニーケミカル上場廃止から15年ぶり、デクセリアルズ法人としては初の上場で、PEファンドはここで投資回収を果たした。2014年12月のデクセリアルズ希望株式会社設立(障がい者雇用推進)[18]、2015年8月の栃木県下野市での新事業拠点取得[19]、2016年10月の栃木事業所操業開始[20]と、再上場前後で組織と生産拠点の整備が並走した。FY14(2015年3月期)は連結売上高655億円・営業利益96億円・経常利益99億円と独立企業として高水準の収益を確保し、PE主導の独立化が事業の収益性向上に寄与した結果を示した。
一ノ瀬隆代表取締役社長は2012年9月の完全子会社化以降、2019年2月の交代まで7年弱にわたり社長を務め[21]、ソニーからのカーブアウトから再上場、独立企業としての事業基盤確立までの過渡期を主導した。FY16(2017年3月期)はスマートフォン市場の踊り場で売上626億円・営業利益35億円と踊り場局面に入り、FY17(2018年3月期)売上701億円・営業利益62億円、FY18(2019年3月期)売上606億円・営業利益37億円と一進一退の業績で、新家由久氏への交代に至った[22]。
2019年〜現在年 新家在任中のIFRS移行と機能性材料3製品の世界シェア1位確立(2019〜現在)
新家由久社長就任とIFRS移行
2019年2月、新家由久氏が代表取締役社長に就任した[23]。1969年7月生まれの生え抜き経営者で[24]、ソニーケミカル時代から培われた事業ノウハウを引き継ぐ立場での昇格である。FY19(2020年3月期)はIFRS移行前最後の期で連結売上577億円・営業利益46億円、FY20(2021年3月期)からIFRSへ会計基準を移行し、IFRS初年度は売上658億円・営業利益113億円と増益を達成した。会計基準移行に加え、スマートフォン市場の回復と光学弾性樹脂・反射防止フィルムの需要拡大が業績拡大に寄与した。
新家社長は「未来の理想の姿を決めて逆算してやるべきことを考えるバックキャスト」(日経ビジネス電子版 SPECIAL)という製品開発手法を掲げ、トレンドを先回りした素材開発を経営の中心に据えた。FY21(2022年3月期)売上957億円・営業利益266億円、FY22(2023年3月期)売上1,062億円・営業利益323億円と、IFRS移行後2年で売上を1.6倍に拡大した。異方性導電膜(ACF)、反射防止フィルム、光学弾性樹脂の3製品はいずれも世界シェア1位を獲得し[25]、機能性材料メーカーとしての独立企業評価が資本市場で上昇した。
1800億円成長投資と新事業の本格化
2020年10月、デクセリアルズはマイクロデバイス事業を手掛ける連結子会社Dexerials Precision Components株式会社を設立し[26]、フォトニクス事業の体制整備に着手した。2021年7月には本社を栃木県下野市に移転し[27]、東京本社から生産拠点と同居の体制へと切り替えた。製造業としての本社機能の再設計で、生産現場との一体運営を経営の基本に据えた判断である。2022年3月に株式会社京都セミコンダクターを連結子会社化し[28]、2024年4月にはDexerials Precision Componentsと京都セミコンダクターを統合してデクセリアルズフォトニクスソリューションズ株式会社が操業を開始[29]、フォトニクス事業を集約した。
2022年4月、東京証券取引所の市場区分見直しによりプライム市場へ移行[30]。2024年11月、新家社長は日経新聞インタビューで「成長投資に最大1800億円」と表明し[31]、5年間で機能性材料の次世代技術開発と車載・センサー向け新製品の事業化に集中投資する方針を示した。FY24(2025年3月期)は売上1,104億円・営業利益397億円・経常利益−当期純利益272億円と、過去最高水準の収益性を達成した。連結従業員数は1,888名と独立企業としての適正規模を維持しつつ、世界シェア1位の機能性材料3製品を中核に、スマートフォンに次ぐ次の成長領域として車載・センサー・フォトニクス分野を取り込めるかが、新家在任中の経営の主題である。