デクセリアルズ東証一部への再上場と、PEファンド(ユニゾン・キャピタル・日本政策投資銀行)の株式売却による投資回収
PEファンドの出口として市場へ戻された素材会社は、独立企業として何を問われたか
- 概要
- 2015年7月、デクセリアルズは東京証券取引所市場第一部へ株式を再上場した。2000年1月のソニーケミカルの上場廃止から15年ぶり、デクセリアルズという法人としては初めての上場であった。2012年にソニーからのカーブアウトを担った日本政策投資銀行とユニゾン・キャピタルにとって、再上場は保有株を売却する投資回収の出口となった。
- 背景
- ソニーは2012年3月期まで4期連続の最終赤字を抱え、選択と集中の一環でケミカルプロダクツ事業を手放した。受け皿の持株会社VGケミカルには日本政策投資銀行が6割、ユニゾン・キャピタルが4割を出資し、将来の新規上場を投資回収の出口と見込むPEファンド傘下の独立企業として再出発した。
- 内容
- 新興市場を経ずに東証一部へ直接上場する形をとり、ソニーの素材子会社として積み上げた事業規模と収益が裏づけとなった。再上場直前の2015年3月期は連結売上高655億円・営業利益96億円と独立企業として高い収益を確保しており、これを土台にPEファンドは保有株の売却を進めた。
- 含意
- 再上場は投資回収を成し遂げた一方、上場後の株価は数年にわたり低迷し、時価総額は純資産を下回った。新家由久社長は投資家から「上場は詐欺だったのではないか」となじられた。その後コロナ禍の需要と3製品の世界シェア1位で業績が好転し、時価総額は10倍近くに回復した。
ファンドの回収と、会社の実力証明
この再上場を、PEファンドの成功した出口という言葉だけで読むと芯を外す。ファンドは2012年のカーブアウトの時点から新規上場を投資回収の道筋に据えており、2015年の再上場はその設計どおりに実った。ただ、出口を果たした時点でのデクセリアルズは、ソニーの素材子会社という来歴を抱えたまま、独立企業として市場に何を約束できるかをまだ示せていなかった。上場から数年、株価が純資産を割り、社長が「上場は詐欺だったのではないか」と投資家になじられた事実は、ファンドの回収と会社の実力証明が別物であることを映しているとみられる。
もっとも、その後の歩みは、独立という形が時間をかけて実を結ぶこともあることを示している。上場直後に評価されなかった機能性材料の技術は、コロナ禍の需要と技術トレンドの追い風のなかで3製品の世界シェア1位となって報われ、時価総額は数年で10倍近くに戻った。子会社のままなら投資判断は遅れたという新家社長の言葉が正しければ、市場へ戻したこと自体が復活の前提であったといえる。親会社の資本を出て独立企業になる価値は、上場の日ではなく、その後に何を積めたかで測られるのかもしれない。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
PEファンド傘下での独立という前提
ソニーは2012年3月期まで4期連続の最終赤字を抱え、選択と集中の一環でケミカルプロダクツ事業を手放した。受け皿となった持株会社VGケミカルには、日本政策投資銀行が6割、ユニゾン・キャピタルが4割を出資した。2012年9月、この会社がソニーの化学子会社を取得し、素材事業はソニーから完全に分離した。将来の新規上場を投資回収の出口と見込むPEファンド傘下の独立企業として、再出発した形であった[1][2]。
そのころのデクセリアルズは、異方性導電膜(ACF)・反射防止フィルム・光学弾性樹脂といった機能性材料で、特定分野の高いシェアを持っていた。消費者に近いトップメーカーと取引し、先回りして素材を開発する事業の型が、ニッチながらグローバルシェア上位の製品を数多く生んでいた。再上場直前の2015年3月期は連結売上高655億円・営業利益96億円・経常利益99億円を確保し、株式を公開しても市場の評価に耐える収益をあげていた[3][4]。
決断
15年ぶりの東証一部再上場
2015年7月、デクセリアルズは東京証券取引所市場第一部へ株式を再上場した。2000年1月のソニーケミカルの上場廃止から15年ぶりで、デクセリアルズという法人としては初めての上場であった。新興市場を経ずに一部へ直接上場する形をとり、ソニーの素材子会社として半世紀にわたり積み上げた事業規模と収益が、その裏づけとなった。ソニーの傘下を離れて3年で、同社は独自の資本市場アクセスを取り戻した[5]。
この再上場は、株式を保有するPEファンドにとって投資回収の出口でもあった。2012年のカーブアウトの時点から、日本政策投資銀行とユニゾン・キャピタルは将来の新規上場を出口と見込んでおり、再上場を通じて保有株の売却を進めた。ソニーからの分離、旧デクセリアルズの吸収合併、そして再上場という過渡期の経営は、2012年9月に初代の代表取締役社長へ就いた一ノ瀬隆氏が、一貫して担った[6][7]。
結果
上場後の株価低迷
再上場は投資回収を成し遂げた一方で、上場後のデクセリアルズに対する市場の評価は伸び悩んだ。売上高は700億円、営業利益は100億円をおおむね下回る水準で数年間推移し、成長の見通しを市場へ示せなかった。2019年3月期の純利益は22億円で、中期経営計画に掲げた70億円の3分の1以下にとどまった。ソニーの看板を外れた素材メーカーが自力で評価されるのかが、上場後に問われた[8][9]。
株価の低迷は数字にも表れた。2019年に社長へ就いた新家由久氏の就任時、時価総額は上場当時の半分まで下がり、純資産をも下回る水準にあった。新家氏は当時、投資家から「上場は詐欺だったのではないか」となじられ、ソニーの庇護を失って直面した場面であったと、後に振り返っている。PEファンドの回収は成っても、独立企業としての実力を市場へ証明する仕事は、その先に残されていた[10][11]。
独立企業としての立て直し
転機はコロナ禍であった。テレワークの普及でパソコン向け反射防止フィルムの需要が伸び、2022年3月期に業績が好転した。2020年のIFRS移行後、ACF・反射防止フィルム・光学弾性樹脂の3製品はいずれも世界シェア1位となり、2024年3月期の連結売上高は1052億円へ拡大した。時価総額は大底の約420億円(2019年3月)から2024年11月には約4500億円へと、10倍近くに回復した[12][13][14]。
新家社長は、この復活の背景に独立企業としての意思決定の速さを挙げている。子会社のままなら成長投資の判断は遅れていたかと問われ、「それは絶対にある」と述べ、グループ子会社では成長投資への理解と判断が資本市場と噛み合うとは限らないと語った。ソニーからの転籍者が多く、多くの事業に手を広げていた会社が、上場を経て事業と拠点を再編し、生え抜きの社長のもとで身軽さを取り戻した経緯がそこにあった[15][16]。
- 日本経済新聞(2012年10月1日)「ソニーが譲渡の化学企業に出資 ユニゾン・キャピタル」
- 日経ビジネス電子版(2019年11月11日)「ソニーが売却 デクセリアルズが株式市場の荒波で学んだ事業再生」
- 週刊東洋経済 2021年7月24日号「発見!成長企業 【4980】デクセリアルズ ニッチな光学材料が急拡大 ROIC経営で稼ぐ力を生む」
- 週刊東洋経済 2024年11月23日号「トップに直撃 デクセリアルズ 社長 新家由久 復活劇の背景にあるのは経営の意思決定のスピード」
- ダイヤモンド・オンライン(2025年5月9日)「世界シェア首位の化学材料を持つデクセリアルズ社長が『今の株価は割安だ』と断言!」
- デクセリアルズ 有価証券報告書(2015年3月期・2024年3月期・連結)
- デクセリアルズ 有価証券報告書【沿革】