3社同時上場は、小泉政権以来の郵政民営化に一つの区切りをつける出来事であった。国が全株を握る特殊会社を、純粋持株会社と金融2社を統括したまま市場へ出し、復興財源という国民的な大義に結びつけた設計は、政治と財政と資本市場の要請を一つのスキームに畳み込む試みであったと推察される。初日に3社が公開価格を上回ったことは、少なくとも売り出しの段階では、その綱渡りが成功裏に着地したことを示している。
もっとも、上場はゴールではなく、民間企業としての採点が始まる場面でもあった。純利益の大半を金融2社に頼る構造、利益相反を抱えやすい親子上場の統治、全国一律のサービス義務と市場の生産性要求との緊張——上場時に指摘された論点は、その後の株価の低迷や金融2社株の段階的な売却をめぐる判断のなかで、繰り返し問い直されていく。市場に開かれたことで、日本郵政グループはむしろ、民営化が本当に果たされたのかを問われ続ける立場に置かれたと思われる。