ヤマトHDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

貸切の運送から、自ら路線と時刻を決める定期便へ事業の主軸を移した。1927年11月にロンドンでカーターパターソン社の定期便を視察した小倉康臣氏は、関東一円の小口混載網を構想し、1929年6月に大和便として実現させた。戦後は1948年に日本通運の保有株を買い戻し、1949年5月の上場で路線網の再建資金を得た。一方で長距離のトラック運行は車両と道路の制約から見送り、関東より遠い荷は1950年3月に始めた通運事業で鉄道に載せた。トラックの届かない距離を他の輸送機関で補う体制が、1950年代に固まったとみられる。

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