宅急便運賃27年ぶり全面値上げと総量規制による収益再建
自ら創った個人宅配市場を、ヤマトはなぜ値上げと荷受け抑制で絞り込んだか
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- 概要
- 2017年、ヤマトホールディングスは、EC急増による宅配現場の負荷増と経常利益の半減を受け、宅急便の荷受け量を抑える総量規制と、27年ぶりとなる運賃の全面値上げに踏み切った経営判断。ヤマトホールディングスの山内雅喜社長とヤマト運輸の長尾裕社長が主導した。
- 背景
- インターネット通販の拡大で宅急便の個数は伸び続けたが、小口の荷物が増えたことで単価は下落し、再配達や時間指定の増加が現場のドライバーの負担を高めた。人手不足のなか外部委託費が膨らみ、2016年11月には未払い残業代の問題も発覚し、2017年3月期の経常利益は前期694億円から348億円へ半減した。
- 内容
- ヤマトは2017年4月28日、大口荷主1000社を対象にした値上げ交渉と荷受け量の抑制を柱とする「デリバリー事業の構造改革」を発表した。個人向け宅急便運賃を10月1日付で平均15%、27年ぶりに全面改定し、2017・18年度の2年間で取扱個数を約1億個抑制する計画を示した。
- 含意
- 値上げは9月末までに大口顧客の8割超が受け入れるなど早期に浸透し、佐川急便や日本郵便も追随して値上げに動き、宅配業界の価格体系が塗り替えられた。一方で2018年3月期の営業利益は357億円にとどまり、自ら開拓した個人宅配市場を絞り込む代償は軽くなかった。
個人宅配市場を創った当事者が、その市場を絞り込むという逆説
この判断が映し出すのは、1976年に自ら切り拓いた個人宅配という市場を、成長の限界という理由で自ら絞り込んだという逆説である。密度が採算を生むという宅急便本来の論理は、EC時代の小口化と再配達の増加によって裏側から崩された。値上げと総量規制は、量を追う経営から抜け出す決断であったとみることができる。
もっとも、値上げそのものは荷主の強い抵抗を招かず、業界全体の価格体系を書き換える引き金になった一方で、デリバリー事業の収益がV字回復を描くまでには2年近くを要し、道半ばで引っ越し料金の過大請求という別の問題も表面化した。効率と成長を同時に追ってきた宅配便最大手にとって、この値上げは収益改善への区切りであると同時に、組織としての足腰の弱さを映し出す機会にもなったとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
ECの急増と現場負荷の増大
宅配便最大手のヤマト運輸を傘下に置くヤマトホールディングスにとって、インターネット通販の拡大は取扱個数を押し上げる追い風であった。国内のEC市場規模は2015年に約13.8兆円と5年間で1.8倍に膨らみ、宅急便の個数も伸び続けていた。ただし通販で注文される商品は小型のものが多く、荷物1個当たりの運賃は下がる一方であった。個数が増えるほど採算が悪化するという矛盾が、この時期のヤマトを覆っていた[1]。
荷物を運ぶ人手の確保も追いつかなかった。首都圏のある営業所では3年で荷物が2割以上増えたが、社員の増員だけでは配りきれず、外部の運送業者への委託で穴を埋めるほかなかった。2016年4〜12月のデリバリー事業の外部委託費は1029億円と、前年同期から140億円も膨らんだ。単価の安い荷物が増えるほどコストがかさむ悪循環に、現場は追い込まれていた[2]。
経常利益の半減と未払い残業代問題
この矛盾は決算にはっきり表れた。2017年3月期の売上高は1兆4668億円と前期比3.6%増えたものの、営業利益は348億円と前期から半減した。ネット通販対応の遅れで人手不足が深刻化し、外部委託の増加でコストがかさんだうえ、外形標準課税の引き上げや社会保険料の負担増も重なった結果であった[3]。
追い打ちをかけたのが、配達員への未払い残業代であった。2016年11月、横浜市の支店が労働基準監督署から是正勧告を受けたのを機に全社調査を行うと、2015年2月から2017年1月までの2年間で190億円の未払い賃金が判明した。社会保険料30億円と合わせ220億円を2016年度決算に計上し、現場の労務管理の甘さが数字として表面化した[4]。
決断
デリバリー事業の構造改革を発表
労使双方が危機感を強めるなか、2017年1月末の証券アナリスト向け決算説明会で、ヤマトホールディングスの山内雅喜社長は「値上げには相当な意識を持って取り組む」と踏み込んだ発言をした。同席者によれば、前年後半に話したときとは雰囲気が一変していたという。3月の春季労使交渉では労働組合が取扱個数の抑制を要求し、経営側もおおむね受け入れる方向で動いていた[5]。
2017年4月28日、ヤマト運輸の長尾裕社長は会見で「デリバリー事業の構造改革」を発表した。採算の厳しい大口先には大きな値上げを求めざるをえないと述べ、宅急便運賃を9月にも27年ぶりに全面改定して10月から平均15%値上げする方針と、荷受け量そのものを絞り込む総量規制の方針を同時に示した[6]。
27年ぶりの運賃全面改定と大口荷主への交渉
構造改革発表の翌日となる4月29日には、宅急便運賃を平均15%値上げし、2018年3月期の取扱個数を前年度比8000万個減らす計画が伝えられた。基本運賃の全面値上げは消費増税に伴う改定を除けば実に27年ぶりであり、経営陣は責任を示す形で半年間、報酬を3分の1減額した。ドライバー不足という構造的な問題に、値上げによって正面から向き合う判断であった[7]。
値上げは大口顧客1000社を対象に進められ、荷主ごとに引き上げ幅を段階づける交渉であった。最大の荷主であるアマゾンについては、1個当たり平均280円前後という水準を400円強へ、4割近く引き上げる方向で交渉が進んでいると伝えられた。荷物量を絞る総量規制も併せて求め、値上げに応じなければ荷受けを止めかねない構えをにじませた交渉であった[8]。
結果
値上げの浸透と業界への波紋
運賃改定は当初の想定より円滑に進んだ。10月1日、ヤマトは個人向け宅急便運賃を平均15%引き上げ、27年ぶりの全面改定を実施した。大口顧客との交渉についても、山内雅喜社長は9月末までに8割以上の顧客が値上げを受け入れたことを明らかにし、「今後も社会インフラであり続けたい」と語気を強めた[9]。
値上げの波紋は荷主側にも広がった。通販大手のベルーナは送料を390円から490円に引き上げ、宅配クリーニングのリネットも大半の料金を改定した。一方で総量規制を機に契約を打ち切り日本郵便へ切り替える荷主も現れ、佐川急便や日本郵便も追随して値上げに動くなど、宅配業界全体の価格体系が塗り替えられていった[10]。
限定的だった収益回復とその後
値上げの効果は決算にすぐには表れなかった。2018年3月期の売上高は1兆5388億円、営業利益は357億円、経常利益は361億円にとどまり、前期の348億円からの回復はわずかであった。値上げの実施が期の後半にとどまったことに加え、労務管理を厳格化した費用も重荷になっていた[11]。
本格的な回復は翌年度にずれ込んだ。2018年度はデリバリー事業の営業利益が430億円まで回復する見通しとなり、ヤマトホールディングス全体の営業利益も前年度比7割増の610億円を計画するまでになった。ただし同じ時期、傘下のヤマトホームコンビニエンスで引っ越し料金の過大請求問題が表面化し、値上げで得た信頼を別の場面で自ら傷つける結果にもなった[12]。
- 週刊東洋経済 2017年3月4日号「【第1特集 物流が壊れる】苦しむ宅配業者 利益なき繁忙にNO ヤマト現場が『反乱』」
- 週刊東洋経済 2017年6月17日号「【第1特集 勝ち抜く企業】注目企業の大疑問 値上げ断行のヤマト 業績は回復するのか」
- 週刊東洋経済 2017年9月9日号「【第1特集 本物の会計力】PART2実践編 人件費の謎を追う 決算資料に予兆見えた ヤマトの未払い残業代」
- 週刊東洋経済 2017年6月24日号「【第1特集 アマゾン膨張】Part1 土俵際の日本企業 誤算が招いた宅配パンク ヤマト剣が峰の値上げ交渉」
- 日本経済新聞「ヤマト、宅配を年8000万個抑制 平均15%値上げ」(2017年4月29日)
- 週刊東洋経済 2017年10月14日号「ニュース最前線 ヤマトが強気の値上げ 大口荷主に広がる波紋」
- 週刊東洋経済 2018年8月25日号「【第1特集 物流危機は終わらない】揺れる業界の盟主 ヤマト体制再建中に過大請求で信頼にキズ」
- ヤマトホールディングス 有価証券報告書(2017年3月期・連結)
- ヤマトホールディングス 有価証券報告書(2018年3月期・連結)