筆者の見解
三番手企業が市場の創出者へ変わった意味
宅急便という判断の核心は、儲かる法人貨物を追いかける競争から離れ、誰も採算が取れないとみられていた個人向け市場そのものを事業に仕立て直した点にあると推察される。ニューヨークで見た集配車の配置から密度の理論を引き出し、電話網の普及に採算の道筋を重ねる発想は、既存の路線貨物事業の延長では出てこない転換であった。三番手という劣位を、正面から追いつく努力にではなく、土俵を変えることで解いた判断であったといえる。
もっとも、この転換が実現したのは、経営理論の正しさだけによるものではなかった。父・康臣をはじめ全役員・全社員が反対する状況のなかで見切り発車できたのは、肉親の情による会長の譲歩という、経営判断としては異例の経路を通ってのことであった。全国ネットワークの完成にも進出から21年を要し、規制という外部要因が普及の速度を長く左右した。宅急便が後年"一本足経営"と呼ばれるほど収益源として突出していく展開は、この最初の決断がもたらした果実の大きさを、裏返しの形で物語っていると思われる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月