日本郵政 豪トールを買収 国際物流への進出と、そのつまずきとしての巨額減損

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時期 2015年2月
論点 国内郵便の縮小に対する海外物流展開と、上場を控えた成長戦略の確保
何をなぜ決めたか
概要

2015年11月の3社同時上場を控えた日本郵政が、子会社の日本郵便を通じ、豪州の物流大手Toll Holdings Limitedの発行済株式100%を取得原価609,317百万円で取得した経営判断。企業結合日は2015年5月28日で、対価はすべて現金であった。

のれんは474,454百万円が発生し、20年間にわたる均等償却とした。国内郵便の縮小を補う国際物流への進出を狙ったが、2年後にそののれんは全額が消えることになる。

背景

郵政民営化以降、国内郵便物数は長期的な減少傾向にあり、ゆうパックだけでは民間物流大手に対抗できなかった。買収の理由に挙げたのは、国内事業の強化と同時に、成長著しいアジア市場への展開を中心に、国際物流事業を手掛ける総合物流企業として成長していくことであった。

2015年11月の3社同時上場を前に、市場へ示せる主力事業が差し迫った課題であった。

内容

取得した議決権比率は100%。受け入れた資産528,924百万円(うち有形固定資産230,075百万円、商標権30,433百万円)に対し、引き受けた負債は390,940百万円(うち社債及び借入金228,713百万円)で、その純額を取得原価が上回った超過額がのれんとなった。

連結損益計算書に取り込んだのは2015年7月からの9か月で、国際物流事業の経常収益は544,491百万円、セグメント利益は13,796百万円であった。

含意

2017年3月期、資源価格の下落と中国経済・豪州経済の減速でトール社の業績が大きく悪化し、のれん368,213百万円・商標権24,113百万円・有形固定資産8,002百万円の合計400,328百万円を減損損失として計上した。連結は民営化後初の当期純損失28,976百万円に転じた。

2021年4月21日にはエクスプレス事業をAllegro Funds Pty Ltd傘下企業へ譲渡する契約を締結し、2021年3月期に特別損失674億円を計上している。

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筆者の見解
筆者の見解

成長を「買う」ことの代償

この買収を振り返ると、時間を金で買う海外M&Aが、買う側の準備不足を容赦なく突く取引であったことがみてとれる。国内郵便の縮小という重い現実を前に、上場を控えた日本郵政は成長の絵を外に求めた。豪州の物流大手を丸ごと取り込めば、成熟した本業の外側に新しい事業が立つように見えた。だが資源ブームの追い風を前提にした事業価値は、ブームが去れば一気にしぼんだ。受け入れた資産と引き受けた負債の純額を474,454百万円も上回る値づけには、成長を急ぐ側の期待が過剰に織り込まれていたと推察される。

もっとも、上場の目玉という時間の制約が、買収の是非をじっくり見極める余裕を奪った面も否めない。取得原価609,317百万円に対し、のれんと商標権は2年後に全額が消えた。企業が成熟事業の外に成長を求めること自体は自然な発想であり、海外M&Aはその有力な手段である。それでも、買う対象の価値をどこまで自力で見抜けるかという問いを欠いたまま規模だけを追えば、買収は成長の推進力ではなく損失の源泉になりうる。トール社の買収は、その教訓を民営化企業の歴史に刻んだ事例といえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
買収の条件

買収の条件

科目 概要 備考
被取得企業 Toll Holdings Limited フォワーディング事業、3PL事業、エクスプレス事業等を営む豪州の物流会社
取得の法的形式 現金を対価とする株式の取得 取得したのは日本郵政の連結子会社である日本郵便
企業結合日 2015年5月28日 連結損益計算書に含めたのは2015年7月1日から2016年3月31日まで
取得した議決権比率 100%
取得原価 609,317百万円 【事業等のリスク】では買収総額6,093億円と記している
主要な取得関連費用 1,646百万円 アドバイザリー費用等
受け入れた資産 528,924百万円 うち有形固定資産230,075百万円、商標権30,433百万円
引き受けた負債 390,940百万円 うち社債及び借入金228,713百万円
のれん 474,454百万円 2016年3月末の残高は411,164百万円。連結貸借対照表ののれん合計は414,385百万円
のれんの償却方法と期間 20年間にわたる均等償却
通期換算した影響額 経常収益199,324百万円 経常利益△5,454百万円、当期純利益△15,647百万円。監査証明を受けていない
減損損失 400,328百万円 2017年3月期。のれん368,213・商標権24,113・有形固定資産8,002百万円の内訳
減損の理由 将来キャッシュ・フローの大幅な減少 業績見通しの見直しによる。回収可能価額は鑑定評価額に基づく正味売却価額
エクスプレス事業の譲渡 2021年4月21日 Allegro Funds Pty Ltd傘下企業と譲渡契約を締結。手続完了は2021年7月末見込み
譲渡に伴う特別損失 674億円 2021年3月期に計上。減損損失619億円とその他の特別損失54億円

出所:日本郵政 有価証券報告書 第11期(2016年3月期)【企業結合等関係】・第12期(2017年3月期)【減損損失】【事業等のリスク】・第16期(2021年3月期)【事業等のリスク】

のれんと無形固定資産の推移(連結)

日本郵政:のれんと無形固定資産の推移(連結)

(百万円) のれん無形固定資産 備考
2015年3月期 2303,854 2015年2月に買収を発表。トール社はこの期には連結していない
2016年3月期 414,385796,091 トール社の子会社化でのれんが急増。うち国際物流事業分は411,164百万円
2017年3月期 3,053345,889 トール社ののれん・商標権を全額減損し、買収で積んだのれんが消えた
2018年3月期 2,885329,880
2019年3月期 2,718321,964
2020年3月期 2,550291,694
2021年3月期 2,383240,194
のれんと無形固定資産
のれん(百万円)のれん以外の無形固定資産(百万円)

出所:日本郵政 有価証券報告書 第9〜16期(連結貸借対照表)

国際物流事業の業績

日本郵政:国際物流事業の業績

(百万円) 経常収益(国際物流事業)セグメント利益(国際物流事業)減損損失(国際物流事業) 備考
2016年3月期 544,49113,796− 損益の取り込みは2015年7月からの9か月。国際物流事業はこの期に新設された
2017年3月期 644,979△414413,556 セグメントの減損損失。うちトール社ののれん等と有形固定資産は400,328百万円
2018年3月期 704,8906,544408 2017年1月にトール社の経営陣を刷新し、人員削減と部門統廃合を進めた
2019年3月期 701,2565,0941,327
2020年3月期 635,028△21,44712,993 2020年1月と5月に標的型サイバー攻撃を受け、全システムを停止した
2021年3月期 749,862△7,00372,000 エクスプレス事業の譲渡に伴う減損619億円を含む。トール社は880億円の債務超過
国際物流事業の経常収益とセグメント利益率
経常収益(国際物流事業)(百万円)セグメント利益(国際物流事業)率(%)

出所:日本郵政 有価証券報告書 第11〜16期(セグメント情報・外部顧客に対する経常収益)

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参考文献
出典・参考
  • 日本郵政 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
  • 日本郵政 2015年2月18日プレスリリース「日本郵便による豪州物流企業Toll Holdings Limitedの株式の取得(子会社化)について」
  • 日本郵政 有価証券報告書「第11期(2016年3月期)【企業結合等関係】」
  • 日本郵政 有価証券報告書「第11期(2016年3月期)【セグメント情報等】」
  • 日本郵政 有価証券報告書「第12期(2017年3月期)【連結損益計算書 注記(減損損失)】」
  • 日本郵政 有価証券報告書「第12期(2017年3月期)【事業等のリスク】」
  • 日本郵政 有価証券報告書「第16期(2021年3月期)【事業等のリスク】」

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