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  "title": "東京応化工業の歴史概略",
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    {
      "start_year": 1940,
      "end_year": 1985,
      "main_title": "創業と感光性樹脂への一点突破",
      "subsections": [
        {
          "title": "川崎発の化学工業として産声",
          "text": "1940年10月、資本金18万円をもって川崎市に東京応化工業株式会社が設立された。戦時下の感光紙・印刷用感光剤需要を背景にした起業で、創業者は向井繁正である。社名の「応化」は「応用化学」を縮めたもので、当初から工業用の写真感光材料・印刷用感光剤を軸に、産業向け化学薬品の専業メーカーとして歩み始めた。戦後の混乱期を経ても川崎の地に本社・工場を構える姿勢は変わらず、首都圏の産業客先と物理的に近接した立地が、戦後の日本産業の再建期において小回りの利く技術提案と試作対応を可能にする。\n\n戦後復興期から1950年代にかけては、印刷・写真版・電子部品の感光プロセスに供する感光性レジスト材料の研究を継続的に積み重ねた。1960年代に入ると半導体パッケージ・プリント基板の加工が国内産業として立ち上がり、東京応化のレジスト材料はその加工プロセスに食い込んでいく。1967年1月には相模工場（現 TOK 技術革新センター）を新設し、量産対応と研究開発を両立する拠点を整備した。創業から30年弱で「感光性レジストの専業」という地位を確立し、後の半導体材料企業としての姿の輪郭を作っていた。",
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              "title": "有価証券報告書（沿革）",
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        {
          "title": "半導体産業の勃興期に上場へ",
          "text": "1968年6月に東京応化は店頭公開を果たし、同年4月に新潟県内の関連子会社を整理して経営基盤を固めた。日本の半導体産業が国家プロジェクトとして VLSI（超 LSI）共同研究を立ち上げる1970年代に向け、フォトレジスト供給で先行する立ち位置を準備した時期である。1981年6月には宇都宮工場を新設、1983年9月には熊谷応化（株）を設立、同年12月に熊谷工場を新設と、首都圏内陸部に立て続けに新工場を構えた。半導体ユーザーの設備投資ラッシュに同期して生産能力を増強する局面が、第1期の後半に集中する。1984年12月の阿蘇工場新設で九州生産拠点も整え、1986年7月の東京証券取引所市場第二部上場に至る。創業から46年を経ての本格上場であり、「中堅化学」から「電子材料の準大手」へ姿を変えていく。",
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  "summary": {
    "title": "サマリー",
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