東京応化が絞ったのは、競争優位に立てる市場ではなく、大手が本気で来ない市場であった。塩化ビニールを断った理由が、大手が本気で量産に入れば規模で競争劣位に立つという一点にあった以上、判断の出発点は自社の強さではなく、資本力で競争劣位に立つ側の計算にある。資本金5億円台・従業員700人の中堅企業にとって、年60億円というフォトレジスト市場の小ささこそが避難場所であった。
ただ、専業に徹したという言い方は正確ではない。1983年度の売上構成は電子材料が半分弱、プロセス機器が2割、印刷材料が1割程度で、同社は自社材料を使う塗布機まで手を伸ばしていた。フォトレジスト単体の比率は1986年でも36%にとどまる。絞ったのは事業の数ではなく、予算を置かずに資金と技術者を向ける投入先であった。大手が入ってきたときに逃げ場となったのは、その配分を長く変えなかったことだったと思われる。