汎用の塩ビ・クロールアルカリ基盤事業を捨てず磨き切る「死守と復活」戦略

アジア勢が縮小・撤退する汎用素材を、東ソーはなぜ手放さなかったのか

更新:

時期 2017年4月
意思決定者 山本寿宣 東ソー 社長
論点 基盤事業の存廃と収益構造
概要
2010年代、東ソーはアジア勢が縮小・撤退する汎用の塩ビ・クロールアルカリと電解二酸化マンガンを縮小せず、コストと技術で競争力を磨いて残す「死守と復活」の路線をとった。2017年3月期には塩ビを核とするクロル・アルカリ部門が牽引して連結営業利益1112億円と過去最高を更新し、山本寿宣社長は「汎用の塩ビ事業が大復活」と語った。
背景
汎用の塩ビや電解二酸化マンガンは、中国勢の能力拡大と市況低迷で国内他社が縮小・撤退を迫られた分野であった。東ソーは南陽事業所(山口県周南市)の食塩電解を核に、年150万トン超の塩を苛性ソーダ・塩素へ換える国内最大級のクロール・アルカリ基盤を抱えていた。
内容
撤退の潮流に逆らい、電解二酸化マンガンでは経済産業省を巻き込んだ不当廉売関税で事業を守り、塩ビでは大型投資を避けて現有設備の改修・効率化でコスト競争力を磨いた。基盤事業で安定収益を確保しつつスペシャリティ比率を高める二本柱の構えであった。
含意
汎用素材を安易に手放さなかった判断は、2010年代半ばの市況回復とコスト優位のもとで塩ビの「大復活」として実を結び、死守した電解二酸化マンガンは電気自動車向け電池材料として開花した。守り切った基盤が、機能商品シフトと並ぶもう一方の柱になった。
筆者の見解

捨てなかったことの意味

この判断の核心は、他社が「儲からない汎用品」として手放した分野を、東ソーがあえて抱え続けた点にある。市況が最も冷え込んだ時期に、電解二酸化マンガンは不当廉売関税と高い参入障壁で守り、塩ビは大型投資を避けてコスト競争力だけを磨いた。派手な成長物語ではなく、赤字に耐えながら足場を固める地味な選択であったが、南陽の食塩電解という創業以来の基盤があったからこそ、撤退ではなく死守という構えをとれたとみることができる。

もっとも、汎用素材の復活が市況とコスト構造の変化に多くを負っている以上、この路線が今後も報われ続ける保証はない。中国勢の整理・淘汰が本当に進むのか、環境規制がどこまで効くのかは、東ソー自身にも見通せない外部要因である。それでも、基盤事業を守りながらスペシャリティの比率を高めるという二本柱の構えは、汎用と高付加価値のどちらか一方に賭けない現実的な選択といえる。捨てる勇気ではなく、捨てない忍耐がまれに報われることを、この事例は静かに示しているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

南陽の食塩電解という原点

東ソーの塩ビ・クロールアルカリ事業の原点は、山口県周南市の南陽事業所にある。約300万平方メートルと単一工場としては国内最大級の敷地には、人や自動車の数倍もの高さまで工業用の塩が積み上げられ、その電解設備は苛性ソーダ換算で年産112.5万トンと国内最大級の規模であった。オーストラリアやメキシコなどから年150万トン超の塩を輸入し、国内の食用消費量を上回る量を苛性ソーダや塩素へ換えて、上下水道管や壁紙に使う塩化ビニル樹脂などの素材に仕立てる。総合化学メーカーの東ソーにとって、これは原点のビジネスであった[1]

この食塩電解を核とするクロール・アルカリ事業は、1990年の新大協和石油化学との合併で確立した石油化学の一貫体制と並び、東ソーを日本有数の総合化学会社へ押し上げた柱であった。苛性ソーダで生じる塩素を社内で塩ビモノマーの原料に直結させる「ソーダ・塩ビ一貫」の設計は、副産物の塩素を社外に売らずに済む合理性を備えている。装置産業のクロール・アルカリと石油化学、そして後発のスペシャリティという三本柱が、この会社の事業構造の骨格をなしていた[2]

汎用素材の受難

もっとも、この基盤事業は2000年代後半から2010年代前半にかけて厳しい環境に置かれていた。汎用の塩ビは水道管や建築資材に使われる典型的な汎用品で、国内需要が低迷する一方、アジアでは中国企業が急激な能力拡大に走り、その安値輸出攻勢が採算を圧迫した。山本寿宣社長は後にこの時期を振り返り、「この10年間、塩ビ事業の収益環境は非常に厳しかった」と語っている。儲からない汎用品の典型として、他社が縮小や撤退を検討する分野であった[3]

同じ受難は、東ソーがもう一つ抱える汎用素材、電解二酸化マンガンにも及んでいた。もともと乾電池向けの素材で、2000年問題に備えた非常用電源向け需要の急増後に需給バランスが崩れ、そこへ中国メーカーの安売り攻勢が重なった。国内で供給していた3社のうち、日本重化学工業は2002年に会社更生法の適用を申請し、三井金属鉱業は事業を縮小して2006年に撤退する。汎用素材から国内勢が次々と退場していった[4]

決断

電解二酸化マンガンを死守する

撤退が相次ぐなかで、東ソーは電解二酸化マンガン事業をたたまなかった。赤字が続く猛攻に耐えるため、経済産業省を巻き込んで中国などを相手に不当廉売関税を仕掛ける道を選ぶ。2007年に申請し、2008年に関税が発動すると、赤字続きであった同事業は黒字へ復活した。日本で唯一の電解二酸化マンガンメーカーとして、世界最大手の座を守り抜いた判断であった[5]

守ることには理由があった。東ソーはかつて、同じマンガン鉱石から精製する金属マンガンを安い中国品に侵食されて撤退した苦い経験を持つ。不当廉売関税の手続きに奔走した電池材料部の畠山尚志部長は「電解二酸化マンガンは、リチウムイオン電池向けに可能性があり、事業を守る必要があった」と明かしている。宇田川憲一社長も「撤退の危機もあった」と振り返っており、鉱滓の専用処分場という高い参入障壁を武器に、赤字に耐えて事業を残す選択をとった[6]

基盤を磨き、比率を変える

塩ビについても、東ソーは規模の拡大より足場固めを優先した。中国の塩ビ生産能力は年3000万トンと日本の十数倍に及び、巨大な内需に対しても設備過剰の状態にあった。山本寿宣社長は、環境規制などで中国勢の整理・淘汰が本当に進むかを見極めるまでは大きな投資はリスクが高いとして、投資を現有設備の改修や効率化に重点を置き、コスト競争力に磨きをかける構えをとった。フィリピンでの能力増強も、既存工場の増設として40億円程度に抑えている[7]

汎用の基盤事業を捨てない一方で、東ソーは事業構造を少しずつ組み替えようとしていた。山本寿宣社長は「塩ビ・クロールアルカリの基盤事業で安定収益を確保しながら、スペシャリティ製品の比率を高めていく」[8]と述べ、高級歯科材料のジルコニアや自動車排ガス浄化触媒用の合成ゼオライト、免疫診断装置といった機能商品を、市況に左右されにくい太い柱へ育てる方針を掲げた。基盤事業を守ることと高付加価値の比率を高めることを、対立ではなく二本柱として並立させる構えであった[9]

結果

汎用塩ビの大復活

磨き続けた基盤事業は、2010年代半ばに報われた。2016年途中からアジアの塩ビ市況が好転し、インドへの輸出や東南アジアの現地生産の採算が大幅に改善する。背景には、中国で主流のカーバイド法が水銀規制の強化と石炭価格の高騰でコスト優位を失ったことがあった。2016年度の営業利益は1000億円を超えて最高純益を大幅に更新し、塩ビを核とするクロル・アルカリ部門が推計400億円規模の部門利益をたたき出した。儲からない汎用品の典型であった塩ビ事業が、息を吹き返した格好である[10]

この復活は財務にもはっきり表れた。2017年3月期の連結売上高は7430億円、営業利益は1112億円、当期純利益は756億円で、いずれも過去最高の水準であった。有価証券報告書のセグメント情報でも、クロル・アルカリ部門の営業利益は479億円と、東洋経済誌の推計をむしろ上回る。汎用品ゆえに市況に収益が左右されやすい事業の性質は変わらないものの、守り抜いた基盤が全社最高益の牽引役になったことが数字から読み取れる[11][12]

死守した素材の開花

一方、赤字に耐えて守った電解二酸化マンガンは、まったく別の市場で花を開いた。リチウムイオン電池の正極材に使うマンガン酸リチウムの原料として、電気自動車向けの本命素材と目されるようになる。日産自動車のEV「リーフ」や三菱自動車の「アイミーブ」、米ゼネラル・モーターズの「ボルト」に採用され、東ソーは日本で唯一この素材を生産する世界最大手として、増産を「時間の問題」と見るまでになった。乾電池向けの素材が、EVの安全性を支える中核部材として蘇っていた[13]

需要の桁も違っていた。乾電池向けが1個当たり10グラムであったのに対し、電解二酸化マンガンはEV1台当たり約50キログラムが使われる。EV市場の立ち上がりとともに、かつて撤退の危機にあった「古くて新しい素材」は、爆発的に拡大する可能性を抱えた。金属マンガンを手放した過去の反省のうえで電解二酸化マンガンだけは守り抜いた判断が、EV時代の到来という追い風のなかで意味を持ち始めていた[14]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2017年4月8日号「この人に聞く 東ソー 社長 山本寿宣 汎用の塩ビ事業が大復活 浮かれずに競争力を磨く」
  • 週刊東洋経済 2011年2月22日号「日本で唯一残る電解二酸化マンガンメーカー 東ソーが死守した素材 電気自動車向けに開花」
  • 週刊東洋経済 2013年12月13日号「すごい現場、すごい場所6 150万トンの塩を素材に 東ソー【南陽事業所】」
  • 東洋経済オンライン(2019年)「東ソー社長が語る「スペシャリティ強化」戦略」
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
  • 東ソー 有価証券報告書(2017年3月期・連結)