富士電機パワー半導体とパワーエレクトロニクスへの投資集中
総合電機の幅を残したまま、投資をどこへ寄せたか
- 概要
- 2009年3月期に733億円の最終赤字を出した富士電機が、2010年のSiCモジュール開発から、投資と技術開発の軸をパワー半導体とパワーエレクトロニクスへ寄せていった経営判断。単年の発表ではなく、2010年代を通じて固まった資源配分の方針である。
- 背景
- リーマン・ショックで電子デバイス部門のHDD向けモータ販売が落ち込み、2009年3月期は営業赤字188億円・純損失733億円となった。半導体自体は1953年10月に進出した古い事業で、戦時中に開設した松本工場が後のパワー半導体主力工場となっていた。
- 内容
- 2010年にSiCモジュールを開発し、2013年3月に松本工場で増産投資、2016年に鈴鹿工場へパワエレテクニカルセンターを新設した。2018年度から2020年度にはパワー半導体へ500億円の増産投資を計画し、投資時期は前倒しされた。
- 含意
- 集中といっても重電・自販機・計測を手放したわけではなく、寄せたのは投資と技術の軸であった。2024年3月期以降は最高益の更新が続く一方、パワー半導体の世界シェアは6.1%にとどまり、規模で勝る欧米勢との差は残っている。
何に集中したのかを読み直す
「デバイス畑出身なので過剰投資の怖さをわかっている」と語った社長が、500億円の増産投資を前倒しし、松本工場と鈴鹿工場に設備を積み、最後はデンソーと2,116億円の協業まで進んだ。この集中で減らしたものは、事業の数ではなかった。重電も自動販売機も計測も抱えたまま、投資と技術開発の宛先だけをパワー半導体とパワエレに寄せている。総合電機の幅を保ちながら稼ぎ頭を一つに絞る形は、幅を捨てる集中とは別種の選択だとみることができる。
ただ、寄せた先の需要は素直に伸び続けてはいない。SiCはBEVの伸長鈍化で中期経営計画に届かず、電装分野の在庫調整も残る。世界シェアは6.1%で、25.2%のインフィニオンとの差は縮んでいない。それでも最高益が続いたのは、データセンター向け無停電電源装置の国内シェア4割や系統蓄電池のように、パワエレという軸が半導体以外の出口を複数抱えていたからだとみられる。集中の効き方は、軸をどの高さで定義したかに左右されるといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
733億円の赤字と、半世紀前からの半導体
2009年3月期、富士電機ホールディングスは売上高7,666億円に対して営業赤字188億円、純損失733億円を計上した。事業構造改革費用184億円を特別損失に立て、うち人員対策が82億円を占める。落ち込みの中心は電子デバイス部門のHDD向けモータであった。翌2010年3月期も売上高は6,912億円まで縮み、営業利益は9億円、経常損益は5億円の赤字にとどまった。2009年6月、この決算を受けて北澤通宏氏が取締役社長に就任している[1][2][3]。
半導体は、この会社にとって新しい事業ではなかった。1953年10月に半導体部門へ進出しており、パワー半導体の主力となる松本工場は1942年10月に戦時増産の拠点として開いた工場である。総合電機として重電・計測・自動販売機を並べ、そのどれでも先発大手と拮抗しきれずにきた会社が、半世紀前から手元にあった事業を何と呼び直すかを、赤字の翌年に問われた[4]。
黒子の部品が主戦場になる
パワー半導体は、電圧や周波数を変え、直流と交流を変換する部品で、家電から産業機械、鉄道、太陽光発電まで幅広く載る。週刊東洋経済は2018年の特集で「従来は黒子といえる地味な部品だったが、電気機器そのものの増加や省エネ要求の高まりもあり、成長が確実視されている」と書き、その主戦場が自動車の駆動用にあると位置づけた。世界では独インフィニオンテクノロジーズが圧倒的で、日本勢では三菱電機が大電流品でトップ、富士電機や日立製作所、東芝も競争力を保っていた[5]。
次の競争軸は材料の置き換えにあった。シリコンに代えてSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)を使えば、大電流に耐え、電力損失を大幅に下げられる。反面、安定生産が難しくコストが高いため、当初の採用は一部の製品に限られていた。どこが先行するかで勢力図が塗り替わる領域であり、投資の判断を遅らせれば置いていかれる性質の技術であった[6]。
決断
SiCモジュールと増産投資
2010年、同社はパワー半導体のSiCモジュールを開発し、電力損失を改善する技術の商品化に着手した。設備はその後に続く。2013年3月に松本工場でパワー半導体の増産投資を決め、2016年には鈴鹿工場にパワエレテクニカルセンターを新設している。赤字決算の翌年に始まった開発が、10年をかけて工場の投資計画へと落ちていった[7]。
投資の踏み込み方は、社長本人の言葉に残っている。北澤通宏社長は2018年、「デバイス畑出身なので過剰投資の怖さをわかっている。それでも特にEV向けの需要が旺盛で増産投資が課題だ」と語った。同社は2018年度から2020年度にパワー半導体へ500億円の増産投資を計画しており、EVへの採用が決まるにつれてその時期は前倒しの傾向にあった。怖さを知る人物が、それでも金額と時期を先へ動かす判断を重ねた[8]。
事業を減らさず、軸を一本に定める
この集中は、事業の数を絞る形では行われなかった。北澤氏は統合報告書2022のインタビューで「パワーエレクトロニクス、パワー半導体技術を軸に、持てるあらゆる事業と技術を新たにかけ合わせ、縦と横の総合力で、社会課題解決に貢献したい」[9]と述べている。重電も自動販売機も計測も残したまま、投資と技術開発の軸だけを一本に定め、他の事業はその軸に掛け合わせる相手として扱った。
軸を定めた効果は、半導体以外の出口にも現れた。データセンター向けの無停電電源装置で同社は国内シェア4割ほどとトップクラスに立ち、2018年ごろから受注が拡大している。2024年末には神戸工場での無停電電源装置と配電盤の生産能力を1.5倍に増やす設備投資を発表した。系統蓄電池システムも2025年度に前年比4倍弱の売上が見込まれ、パワエレという軸は複数の需要先を抱えることとなった[10][11]。
結果
最高益の更新と、官民の増産投資
収益は2020年代に入って段階を上げた。2022年3月期に売上高9,102億円・営業利益748億円、2023年3月期に売上高1兆94億円で初めて1兆円を超え、2024年3月期は売上高1兆1,032億円・営業利益1,060億円・純利益753億円と過去最高を記録した。2025年3月期は営業利益1,176億円、2026年3月期は売上高1兆2,276億円・営業利益1,366億円・純利益980億円で、最高益の更新が続いている[12][13]。
増産は自社単独の枠を超えた。2024年11月、富士電機とデンソーはパワー半導体の生産協業への共同投資を決め、2社合計の投資額2,116億円のうち705億円について経済産業省が補助を決定した。富士電機は松本工場でのエピウエハーとパワー素子の増産に投じる方針を示している。SiCの生産能力は2025年度末にかけて2.5倍とする計画で、同年度の設備投資は8インチと6インチ向けを中心に400億円弱が見込まれた[14][15]。
残る規模の壁
それでも規模の差は埋まっていない。2021年時点の世界シェアはインフィニオンが25.2%を占め、国内勢は最大の三菱電機で7.7%、富士電機6.1%、東芝5.1%、ローム3.3%といずれも一桁である。週刊東洋経済は2026年の特集で、次世代品の開発に巨額の投資が要るため会社の規模が一段と重要になり、業界内でも再編の必要性が共通認識になっていると伝えた。富士電機とデンソーの協業も、その文脈に置かれた動きとして扱われている[16]。
需要側の振れも残った。2025年度のSiC売上は前年の4倍以上に伸びる見通しでありながら、BEVの伸長鈍化を受けて2026年度の中期経営計画に対しては下振れる見通しと同社は説明している。設備投資も需要に見合わせる方針へ改め、電装分野の在庫調整には時間がかかるとした。集中の成果が数字に出る一方で、集中先の需要は読みにくくなっている[17][18]。
- [object Object]
- [object Object]
- [object Object]
- [object Object]
- [object Object]
- [object Object]
- [object Object]
- [object Object]