富士電機冷機の上場(1988年・富士電機の決断)

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論点 事業構成と選択と集中
売上高(億円)経常利益率(%)
家電での敗北を経た自動販売機への転換と、その事業の自立

家電での敗北を経た自動販売機への転換と、その事業の自立

概要

家電ブームに乗り遅れた富士電機が、後発参入した自動販売機事業を子会社の富士電機冷機に集約し、1987年に国内シェア約4割で首位に立ち、1988年に同社を東証二部へ上場させて自立させた業態の組み替え。

背景

重電の後発として総合電機へ事業を拡大した富士電機は、家庭用電化製品で先発大手に及ばず、昭和40年代後半から家電部門が停滞した。三重工場では生産すべき家電が不足していた。

内容

1966年の和田恒輔氏の提案で1969年に自動販売機へ後発参入し、製造・リース・材料までの一貫体制で約4年で国内首位に立った。事業を子会社の富士電機冷機へ集約し、1988年に独立上場させた。

含意

先発に競争優位を築けない家電を見切り、後発でも競争優位を築ける自販機へ資源を移した判断は、2002年の変電機器移管や2004年の富士物流譲渡といった後年の選択と集中の原型となった。

いつ何が起きたか 6件
筆者の見解 どの市場で戦い、どの市場から退くか
筆者の見解

どの市場で戦い、どの市場から退くか

この判断の核心は、競争劣位に置かれた市場に固執せず、競争優位を築ける隣接市場へ人と設備を移し替えた点にある。家電という一般消費市場では、先発の大手に対して富士電機の後発の不利は覆しにくかった。自販機という、当時まだ中規模ながら伸びしろのある業務用の市場を選び、製造から金融・材料まで抱える一貫体制で臨んだことが、遊びかけていた三重工場を稼ぎ手に変え、やがて子会社の独立上場にまで結び付いたと思われる。競争劣位を認めて資源を動かす速さが、この転換を支えていた。

もっとも、自販機もまた安泰ではなかった。清涼飲料の自販機市場はコンビニの成長とともに縮小へ向かい、かつて家電を救った事業自体が次の環境変化に洗われていく。それでも、先発に競争優位を築けない領域を早めに見切り、後発でも競争優位を築ける場所へ移るという1960年代からの判断軸は、変電機器や物流の切り出しに至るまで、富士電機の事業再編に繰り返し現れた。どの市場で戦い、どの市場から退くか——家電での競争劣位から始まったこの問いは、パワー半導体への集中に至る後年の選択にも通じている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

参考文献
出典・参考
  • 日経ビジネス 1985年1月7日号
  • 日経産業新聞(1987年12月23日)
  • 日経ビジネス 1988年7月18日号
  • 日経ビジネス 1997年10月27日号
  • 新日本経済(1952年6月)
  • 富士電機 有価証券報告書 第149期(2025年3月期)【沿革】
  • 富士電機 会社年鑑(単体業績)

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