決断
規模で並ぶことを諦め、隣の市場へ資源を移し替えてきた。1931年1月、川崎工場の借入と連続赤字で資金が続かなくなり、全従業員の16%にあたる205名を削減し、名取和作社長が退任した。1935年6月には通信機部門を分離して富士通信機製造(現富士通)を設立し、重電機とは別の資本と決算を立てた。1969年9月には家電の販売不振で仕事の細った三重工場へ自動販売機を据え、ツガミや三菱重工が先行する市場へ後から入って約4年で国内シェア首位となり、1988年2月に富士電機冷機を東証二部へ上場させて自立させた。2010年からはパワー半導体とパワーエレクトロニクスへ投資を集中し、SiCモジュールを開発した。同じ市場で先発と規模を競うのではなく、自社の制御技術が効く隣接市場へ移り続けたことが、重電の後発として出発した会社を1世紀存続させた。
2012年4月 持株会社体制の解消
業績の推移2011 2012 2017 売上高(億円) 6,890 7,035 8,377 営業利益率(%) 1.7 2.7 5.3 2010年 パワー半導体へ投資集中
パワー半導体へ投資集中SiCなど次世代デバイスの立ち上がりと自動車の電動化を見据え、事業の数を減らさずに投資と技術開発をパワー半導体・パワエレへ傾斜させた資源配分同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略業績の推移2009 2010 2015 売上高(億円) 7,666 6,912 8,106 純利益率(%) -9.6 0.0 3.4 2008年 メタウォーター発足
メタウォーター発足電気設備に寄った水環境事業を日本碍子の機械設備と一つの会社にまとめ、連結子会社としての支配を手放して持分法適用会社に切り替えた事業体制の組み替え同じ経営論点に直面した企業 | 経営統合・合併共同支配企業への投資と持分法による投資利益2008 2009 2014 共同支配企業に対する投資の金額(百万円) 10,923 17,842 5,110 持分法による投資利益(百万円) 344 1,905 2,348 1935年6月 富士通信機製造の設立
1931年1月 205名の人員整理と社長退任