阿部栄夫

富士電機・元取締役社長

Abe Hideo(敬称略)

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社長就任 1981年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1939年3月に東京帝国大学工学部を出て、同月に富士電機製造へ入社した生え抜きである。1965年7月に電機事業部の川崎工場長、1967年11月に取締役、1968年7月に第一工業事業部長を務め、1970年11月に常務取締役へ進んだ。1971年12月から営業管理本部長、1974年3月から電機事業本部長として営業と事業運営を預かり、1976年6月に専務取締役、1978年6月に代表取締役副社長へ上がった。工場と営業の双方を通った技術者である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1981年6月、宍戸福重氏の後任として社長に就任した。阿部氏の入社は1939年3月で、社長就任まで42年をかけている。第一銀行から移って11年9か月で社長へ達した宍戸氏とは経路が異なり、川崎工場長・第一工業事業部長・電機事業本部長と現場を通った経歴である。就任前年度の1981年3月期は単体売上高2953億円・当期純利益41億円で、純利益がほぼ消えた1976年3月期からは戻していた。宍戸氏は同じ日に代表取締役会長へ移った。

在任中の主な施策
施策

在任は1981年6月から1986年6月までの5年である。1984年9月に商号を富士電機製造から富士電機へ改めた。単体売上高は就任前年度の1981年3月期2953億円から1985年3月期の3812億円へ伸び、当期純利益も41億円から67億円になった。1969年に始めた自動販売機は退任の翌1987年12月に国内シェア40%で首位に立ち、これを担う富士電機冷機は1988年2月に東証二部へ上場する。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1939〜1986年
在任中の業績
就任前(FY80)2,953億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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