日本製鋼所室蘭製作所の製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜
受注の波を避けるか、供給責任を引き受けるか——「大型設備投資はしない」と語った経営が二年後に室蘭へ投じた800億円超
- 概要
- 2007年6月から9月にかけて、日本製鋼所は室蘭製作所の製鋼関連設備・鍛錬熱処理設備・機械加工設備の増強に着手した。当初は2007年度と2008年度の二年間で総額約550億円としていた計画は、翌年には鉄鋼製品関連事業を中心に総額800億円超へ引き上げられた。
- 背景
- 圧力容器など原子炉の一次系部材で世界シェアは80%に達していた。中国が2020年までに原子力の発電能力を3,600万キロワットへ拡大する計画を掲げ、京都議定書の発効で欧州の需要も再び動き出していた。
- 内容
- 製鋼関連設備に104億円、鍛錬・熱処理設備に221億50百万円、機械加工設備に17億95百万円。理由欄はいずれも「増産」であった。連結の設備投資額は2008年3月期の120億95百万円から2010年3月期には318億64百万円へ膨らんだ。
- 含意
- 設備がほぼ完成した2011年3月に福島第一原子力発電所の事故が起きる。2016年3月期の減損354億円を含む三期連続赤字を経て、2020年代の原子力回帰で同じ設備に需要が戻った。
波の振れを、自社では決められない
2005年7月に「大型設備投資はしない」と語った永田昌久社長の判断は、当時の相場観としては筋が通っていた。受注は最低水準でピークの半分以下に落ちるという同氏の説明は、そのまま福島後に現実になっている。それでも二年後に800億円超へ踏み出せたのは、600トンの鋼塊を作れるのが自社しかないという事実が、需要の波よりも強く見えたからだとみられる。作れるのが一社だけなら、増やした分は必ず売れるという読みであった。
ただ、その強みは需要が存在する限りでのものであった。作れるのが一社しかないことは、注文が消えたときに移す先がないことと同義で、2016年3月期の減損354億円はその裏返しとして出ている。稼働率を各国の原子力政策が決める事業に固定費を積んだ時点で、損失の形は決まっていたといえる。十五年後に同じ設備へ需要が戻り、200億円に100億円を上乗せしているのは、判断が正しかったことの証明というより、この事業が持つ周期の再確認とみることができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
鍛える工程に絞った会社が握った世界シェア
1931年に製鉄・採鉱事業を切り離してから、室蘭製作所は鋼を溶かして鍛える工程を担ってきた。原子力との接点は戦後に生まれる。東海村の国産第1号原子炉の圧力容器用鋼板は全量が同社の極厚鋼板でまかなわれ、以後の発注も同社に集まった。1961年には原子炉用の鋼板を初めて製作している。1968年9月には120トンの電気炉が稼働し、世界最大級の400トン鋼塊を作れる体制が整った[1][2][3]。
大きな鋼塊を一つの塊から鍛えられることが、そのまま参入障壁になった。1980年代後半、チェルノブイリ事故の影響で世界の原発建設に急ブレーキがかかると、多くの競合が撤退する。日本製鋼所はその間に溶接部分を少なくしてメンテナンスをしやすくした一体型の圧力容器を開発し、新設が激減するなかでも既設炉の部材交換需要を各国で拾い続けた。2005年の時点で、圧力容器など一次系部材の世界シェアは80%に達している[4][5]。
「大型設備投資はしない」と語った2005年
需要は目に見えて立ち上がっていた。中国は2020年までに原子力発電所を年間2基ずつ増設し、発電能力を3,600万キロワットへ拡大する計画を掲げる。京都議定書の発効で欧州の原子力発電所需要も再活性化し、この分野だけで年間60億円以上の受注が見込めるという状況であった。ところが永田昌久社長は2005年7月、「大型設備投資はしない」ときっぱり語っている[6][7]。
理由は需要の側ではなく、自社の設備の側にあった。設備機械メーカーにとって受注の波の影響は深刻で、最低水準時には受注高がピーク時の半分以下になることも珍しくない。長期の需要増が見込めても、それに合わせて能力を増やせば、波が引いたとき固定費だけが残る。永田社長は「最低限の投資でボトルネックの解消に努め、供給責任を果たしていく」と述べ、増強ではなく詰まりの解消で凌ぐ構えを示していた[8]。
決断
550億円から800億円超へ
その慎重論が二年で降りる。2007年6月、日本製鋼所は室蘭製作所の製鋼関連設備の工事に着手した。投資予定額は104億円。同年9月には鍛錬・熱処理設備に221億50百万円、機械加工設備に17億95百万円を投じる工事が始まる。設備理由の欄には、いずれも「増産」とだけ記されていた。会社は2007年度と2008年度の二年間で総額約550億円の設備投資を計画していると開示している[9]。
計画はそこで止まらなかった。翌年の有価証券報告書では、2007年度を初年度として鉄鋼製品関連事業を中心に総額800億円超の設備投資を計画している、と書き換えられる。連結の設備投資額は2008年3月期の120億95百万円から、2009年3月期258億82百万円、2010年3月期318億64百万円、2011年3月期267億22百万円へ跳ね上がった。2010年3月期はそのうち302億51百万円が鉄鋼製品関連事業で、中身は室蘭製作所の鍛錬工場・熱処理工場の建屋新築と設備新設であった[10][11]。
供給責任という言い分
何が慎重論を降ろさせたか。有価証券報告書の事業等のリスクに、会社自身の説明が残っている。世界的な資源・エネルギー需要の逼迫、CO2排出削減やクリーンエネルギーへの転換を受けて、石油精製や天然ガス開発関連部材、原子力発電用部材の安定供給に向けた大規模な設備投資を実施または実施予定である——2005年に永田昌久社長が口にした「供給責任」という言葉が、最低限の投資ではなく大規模投資の側に置き換わっていた[12]。
引き金は顧客の側にもあった。2010年、佐藤育男社長は2009年3月期から三年で創業以来最大となる計1,000億円以上の増産投資を行う理由を、原発メーカーからの増産要請に応えるためだと語っている。当時の同社が作れる鋼塊は最大600トンで、競合他社は200〜250トンがせいぜいであった。発電規模の大きな原子炉に対応した部材は世界でここにしか作れず、会社は2010年度からの中期経営計画で世界最大650トン鋼塊の実用化を掲げる[13][14]。
結果
設備が完成した年に需要が消えた
大型投資は2010年度でほぼ完了する。その直後の2011年3月、福島第一原子力発電所の事故が起きた。同期の有価証券報告書は、大規模な設備投資を実施し、ほぼ完了したと記したうえで、事故に起因して各国の原子力政策に停滞・遅延・変更等が生じた場合には想定した受注高・売上高の未達成により業績に影響を受ける可能性があると書いている。増えた減価償却費は残り、それを埋める受注が来なかった[15]。
損失は数年遅れて表に出た。2015年3月期に風力発電機向け部品の不具合で風力事業損失引当金繰入額159億円を計上し、翌2016年3月期には室蘭製作所の固定資産に減損損失354億円を積んで連結純損失166億円に沈む。2017年3月期も50億円の純損失となり、三期連続の赤字となった。2019年3月、日本経済新聞は同社を「卒原発」と書き、産業機械で生きる会社として紹介している[16][17]。
十五年後に戻ってきた需要
設備は残っていた。室蘭では現在も世界最大670トンまでの鋼塊を製造し、14,000トンプレスをはじめとする生産設備で、溶接によらず一体成形で圧力容器の部材を作る。2026年3月期の素形材・エンジニアリング事業は、高効率火力発電および原子力発電向けの需要を背景に受注高581億84百万円、営業利益88億74百万円を計上した。売上高457億95百万円に対する営業利益率は19%を超える。減損を出した設備が、収益を生む資産に戻っている[18][19]。
会社は再び増やす側に回った。2025年11月14日、松尾敏夫社長はオンライン決算説明会で、従来200億円規模だった計画に100億円を上乗せする追加設備投資を明らかにする。欧米で大型炉に加え小型モジュール炉の需要が見込めることが理由であった。二次溶解装置の大型化とマニプレータ・超大型旋盤の増設により、蒸気タービン・発電機用ロータシャフトの設備能力を現状の1.5倍へ引き上げる計画である。株価は2023年末比で約4倍になった[20][21][22]。
- 週刊東洋経済 2005年7月23日号「The Talk ティエリー・ポルテ/永田昌久」
- 週刊東洋経済 2010年11月17日号「特集 異形の百年企業 2 伝統と革新のバランス 顧客の要望に合わせて変身」
- 証券アナリストジャーナル 1969年 小野達郎「日本製鋼所の現状と将来」
- 日本製鋼所 有価証券報告書(2008年3月期〜2011年3月期)【設備の状況】【事業等のリスク】
- 日本製鋼所 有価証券報告書 第100期(2026年3月期・連結)
- 日本製鋼所 2026年3月期 第2四半期 決算説明会資料
- 日本製鋼所「原子力圧力容器用鍛鋼品」(素形材・エンジニアリング事業)
- 日本経済新聞(2019年3月15日)「日本製鋼所の『卒原発』、産業機械で生きる」
- 日本経済新聞(2025年11月14日)「日本製鋼所、原発部材などに100億円追加投資 欧米需要追い風」