日本製鋼所の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

鍛える工程だけを残し、その前後を入れ替えてきた。1931年12月に製鉄と採鉱を輪西製鉄へ分離し、原料の鉄は外部調達へ移り、高炉を持たない事業の形が決まった。1961年3月期でも鋳鍛鋼品と鋼板が製品構成の7割を占めるなか、1960年に独アンケル・ベルク社の技術で射出成形機に参入し、買い手を海軍から石油化学と自動車の設備投資へ載せ替えた。東日本大震災後に各国が原子力の建設計画を止めると、風力発電機器の不具合と室蘭製作所の減損で3期続けて赤字を計上し、2020年4月に素形材事業を日鋼MECへ吸収分割した。素材と機械を初めて組織として分け、単体で黒字化させたうえで2026年4月に本体へ戻した。

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