日本製鋼所素形材・エネルギー事業の日鋼MECへの吸収分割と、6年後の日本製鋼所M&Eの本体への吸収合併
切り出して直すか、抱えたまま直すか——室蘭の構造赤字に対して日本製鋼所が組んだ二段構えの組織再編
- 概要
- 2020年1月28日の取締役会決議を経て、同年4月1日、日本製鋼所は素形材・エネルギー事業と風力発電機器保守サービスの技術部門を吸収分割により100%子会社の日鋼MECへ承継させた。日鋼MECは同日に子会社3社を吸収合併し、日本製鋼所M&Eへ商号を変更している。
- 背景
- 2011年3月の東日本大震災以降、各国のエネルギー政策見直しで原子力発電所の建設計画の中止・中断が続き、石炭火力への投資抑制も進んだ。2015年3月期からの三期で、風力事業損失引当金159億円と室蘭製作所の減損354億円を含む赤字が続いた。
- 内容
- 承継させた部門の2019年3月期の連結売上高は412億51百万円。会社は再編の目的を「同事業の現状規模での安定黒字体制確立」と書き、規模を縮めずに黒字にするという条件を自ら課した。同じ日に圧縮機事業を譲渡し、名機製作所を本体へ吸収合併している。
- 含意
- M&Eは安定黒字体制を確立し、2026年4月1日に本体へ吸収合併されて室蘭製作所が設置された。戻す理由に挙がった原子力回帰・防衛関連機器・GaN結晶は、いずれも2020年時点では見えていなかった需要である。
組織の形は、事業の状態に従う
2020年の分社は、赤字事業を連結から遠ざける処理ではなかった。開示が掲げた条件は「同事業の現状規模での安定黒字体制確立」であり、規模を縮めずに黒字にすることを自ら課している。1986年から1998年まで累計900名の人員を削減してもなお構造赤字が残った室蘭に対し、人を減らす以外の手を探した結果が、製造・検査・保全の機能を一つの会社に束ねて単体の決算で責任を負わせる形だったとみられる。
ただ、六年で戻したという事実は、分けること自体が目的ではなかったことも示している。戻す理由に挙がった原子力回帰・防衛関連機器・GaN結晶は、いずれも2020年の同社に見えていた需要ではない。需要が戻れば、人も設備も本体に置いたほうが動かしやすい。組織の形は事業の状態に従うのであって逆ではない、と読める判断であった。もっとも、2022年5月に判明した検査の不適切行為は、切り出した側の統治が黒字化と同じ速さでは整わなかったことを示している。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
震災後に消えた需要と、残った設備
2011年3月の東日本大震災以降、世界各国のエネルギー政策見直しにより原子力発電所の建設計画の中止・中断が続き、地球温暖化問題を背景とした石炭火力発電所への投資抑制も進んだ。日本製鋼所は開示のなかで、これらの影響により素形材・エネルギー事業の収益の柱であった原子力・火力発電所向け部材の市場が縮小し、それに伴う競争が激化したと説明している。震災の直前まで室蘭に積み上げた大型設備は、動かす仕事を失った[1]。
損失が表に出たのは2010年代の半ばであった。2015年3月期に風力発電機向け部品の不具合で風力事業損失引当金繰入額159億円を計上し、2016年3月期には室蘭製作所の固定資産に減損損失354億円を積んで連結純損失166億円に沈む。2017年3月期も50億円の純損失となり、三期連続の赤字となった。1986年7月から1998年5月まで室蘭で累計900名の人員を削減してきたが、その積み重ねでは追いつかない水準の問題であった[2][3]。
縮めずに黒字にする、という条件
会社が選んだのは事業の売却でも縮小でもなかった。2020年1月28日の開示は、再編の目的を、組織の最適化・事業の再構築および一体運営による収益力向上を図り、同事業の現状規模での安定黒字体制確立を目指す、と書いている。規模を縮めずに黒字にするという条件を、自ら課した形になる。対象は室蘭製作所を中心に、素形材・エネルギー事業とその製造機能を担う子会社3社、風力発電機器の保守サービス機能を担う技術部門と子会社1社であった[4]。
移す規模も開示されている。承継させる部門の2019年3月期の連結売上高は412億51百万円で、同期の連結売上高2,201億53百万円の二割弱にあたった。承継する資産は2019年6月末で318億42百万円、負債は235億45百万円である。受け皿の日鋼MECは1978年12月に設立された100%子会社で、工場設備の据付・維持保全や各種鋳鋼品・鋼板・鋼管の製造加工を手がけていた。新設ではなく、既存の子会社へ本体の事業を移す形が採られている[5][6]。
決断
2020年4月1日に動いた三つの再編
2020年4月1日、日本製鋼所は素形材・エネルギー事業と風力発電機器保守サービスの技術部門を吸収分割により日鋼MECへ承継させた。日鋼MECは同じ日に日鋼機械センター、日鋼検査サービス、J-Winの3社を吸収合併し、商号を日本製鋼所M&E株式会社に変更する。同日、本体は圧縮機事業をブルックハルトジャパンへ譲渡し、射出成形機の名機製作所を吸収合併した。素材を外へ、機械を内へ寄せる整理が、一日で行われている[7]。
1907年の創業以来の鋳鍛鋼を本体から外す判断であり、1931年12月に製鉄・採鉱事業を分離して輪西製鉄を設立して以来、およそ九十年ぶりの事業分割にあたる。本体は樹脂機械と成形機を中心とする産業機械事業に資源を集め、素形材はいったん別法人の損益として切り離された。承継に伴い日鋼MECの資本金が本体の10分の1以上に相当することとなり、同社は特定子会社に該当している[8][9]。
別会社にすることで何を変えたか
分けること自体が収益を生むわけではない。後年の開示は、M&Eがその後に取り組んだ内容を、事業の一体運営による生産の効率化と、素形材・エンジニアリング事業の高収益化を目的とした製品ポートフォリオの見直しであったと総括している。室蘭に分かれていた製造・検査・保全の機能を一つの会社に束ね、作る製品を選び直す。本体の連結損益に埋もれさせず、単体の決算で責任を負わせたことが、この再編の実質であったとみられる[10]。
一方、本体は投資を機械の側へ振り向けた。日本経済新聞は2019年3月、原発関連から産業機械メーカーへの転換を進める同社が射出成形機などへ今後三年で300億円を投じると報じている。広島製作所では2024年12月に第10組立工場が稼働して樹脂機械の組立能力向上投資が一巡し、機械部品の加工能力を上げる第3・第4機械工場の建設が続いた。切り出された素形材と、投資を受ける産業機械が、別々の会社の話になった[11][12]。
結果
安定黒字の達成と、戻す決議
2025年4月14日、日本製鋼所は取締役会でM&Eを2026年4月1日付で吸収合併する方針を決議した。開示は、組織再編の目的であった安定黒字体制を確立しております、と自ら達成を宣言している。M&Eの2024年3月期は売上高463億67百万円、当期純利益42億65百万円。2026年3月期の素形材・エンジニアリング事業は受注高581億84百万円、売上高457億95百万円、営業利益88億74百万円で、営業利益率は19%を超えた[13][14][15]。
戻す理由に挙げられたのは、2020年には見えていなかった需要であった。電力需要の増加を背景にした原子力・高効率火力発電用の素形材製品への開発ニーズ、中期経営計画「JGP2028」の最終年度に防衛関連機器の売上高800億円を目指すなかで装輪装甲車などを室蘭で生産する体制、そしてパワー半導体に用いられる窒化ガリウム結晶の量産技術開発の集約——この三つである。防衛関連機器の受注高は2024年3月期の705億円から2025年3月期に1,158億円へ増えていた[16][17]。
六年で戻した組織
2026年1月19日、取締役会は正式に合併を決議して合併契約を締結し、同年4月1日、日本製鋼所はM&Eを吸収合併して室蘭製作所を設置した。有価証券報告書の沿革には、2020年4月の吸収分割と2026年4月の吸収合併が並んで載っている。切り出した工場が六年で本体に戻り、素形材エンジニアリング事業部が新設された。組織の形は、事業の状態に合わせて二度書き換えられたことになる[18][19]。
戻した先が無傷であったわけではない。M&Eが製造する製品の一部について、製造過程で実施すべき検査の一部において、顧客の要求仕様から逸脱する検査数値を関連仕様の範囲内に収まる数値とするなどの不適切な行為が行われていたことが、2022年5月の社内調査で判明している。会社は外部弁護士から構成される特別調査委員会を設置して調査を実施し、関連費用を品質不適切行為関連損失として計上した。黒字化の六年は、品質保証体制を問われた六年でもあった[20]。
- 日本製鋼所(2020年1月28日)「会社分割(簡易吸収分割)による子会社への事業承継および子会社の合併並びに子会社の異動(特定子会社化)および子会社の商号変更に関するお知らせ」
- 日本製鋼所(2025年4月14日)「連結子会社の吸収合併(簡易合併・略式合併)の方針に関するお知らせ」
- 日本製鋼所(2026年1月19日)「連結子会社の吸収合併(簡易合併・略式合併)に関するお知らせ」
- 日本製鋼所 有価証券報告書 第100期(2026年3月期・連結)
- 日本製鋼所 有価証券報告書(2015年3月期・2016年3月期・2017年3月期・2020年3月期)
- 日本製鋼所 有価証券報告書(2006年3月期)【沿革】
- 日本製鋼所 2025年3月期 決算説明会資料
- 日本経済新聞(2019年3月15日)「日本製鋼所の『卒原発』、産業機械で生きる」