古河機械金属日立古河建機株式の譲渡による建設機械からの撤退と、主要6事業の分社

何を手放し、何に損益責任を負わせるか——3期で633億円を失った古河機械金属が選んだ6事業

時期 2004年10月
意思決定者(推定) 吉野哲夫 古河機械金属 社長
論点 事業の絞り込みと経営体制
概要
2002年3月期から3期続けて最終赤字を出した古河機械金属が、2004年10月に日立古河建機の株式を日立建機へ譲渡して建設機械から降り、翌2005年3月に産業機械・開発機械(ロックドリル)・ユニック・金属・電子・化成品の主要6事業部門を会社分割して事業持株会社体制へ移った再編。
背景
当期純損失は2002年3月期187億円、2003年3月期170億円、2004年3月期276億円と積み上がり、売上高は1,494億円から1,535億円で横ばいのままであった。1997年に設立出資した豪州の銅製錬会社は2003年8月に操業を休止し、売却交渉と工場用地の環境浄化が残った。
内容
1999年4月の建機部門分離、2000年4月の日立建機との合弁会社化を経て、2004年10月に日立古河建機の株式を譲渡した。2005年3月には6事業を会社分割し、中核事業会社6社の代表取締役に古河機械金属の執行役員が就いた。単体従業員数は1,220人から194人へ減った。
含意
事業ごとに資産と損益を切り分けた体制のもとで、2006年3月期に売上高1,819億円・当期純利益53億円を計上して復配し、有利子負債を1年で168億円削減した。機械をコア事業に据える方針は中期経営計画2025まで続いたが、機械事業が連結営業利益の80%以上を占める目標に対し実績は51%にとどまった。
筆者の見解

手放す時間と、切り分ける時間

建設機械の株式を渡した2004年10月と、6事業を分けた2005年3月の間は5カ月しかない。降りる事業を決めたのと同じ時期に、残す事業へ資産と損益責任を負わせる形が用意されていた。しかも二つの時間の長さは対照的で、建機部門の分離から株式の譲渡までは5年半を費やした一方、金属製錬の分社から6事業の分社までは1年で通した。3期で633億円を失った会社が、時間をかけて手放すものと、一気に切り分けるものとを分けていた。

分けたことは、そのまま稼ぐ力にはならなかった。分社の翌期に復配できた最大の要因は銅価の高騰による金属部門の増益であり、機械側では産業機械が指名停止も重なって受注を落とした。20年後の中期経営計画2025でも、機械事業が連結営業利益の80%以上を占めるという目標に対し、実績は51%にとどまった。事業ごとの損益を見えるようにする仕組みは、どこにいくら賭けるかという答えまでは出さなかったといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

背景

3期で633億円を失う

古河機械金属の連結決算は、2002年3月期から3期続けて最終赤字に沈んだ。当期純損失は187億円、170億円、276億円と積み上がり、3期の合計は633億円に達した。一方で売上高は1,494億円、1,516億円、1,535億円と横ばいで、本業の商いが細ったわけではない。損失を生んだのは、抱え込んだ事業と資産の後始末であった[1]

後始末の筆頭が、1997年1月に設立出資した豪州の銅製錬会社ポート・ケンブラ・カパーであった。同社は2003年8月に操業を休止してケア&メンテナンスへ移り、新規投資家を募りながら、売却交渉と工場用地の環境浄化という二つの課題を残した。2005年3月期の特別損失にも、豪州銅製錬事業休止損失14億76百万円が並んでいる。海外へ広げた製錬が、本体の体力を削る側に回った[2][3]

切り離しは赤字の前から始まっていた

事業の切り離しは、赤字が続く前から手が付いていた。1999年4月、建機部門を分離し、生産を古河建機、販売を古河建機販売へ移した。同年6月には経営機構の改革として執行役員制度を設けた。2000年4月には古河建機を日立建機との合弁会社とし、日立古河建機へ商号を変更した。建設機械は、本体の外へ出したうえで他社と共同で持つ事業に変わっていた[4]

2003年からは切り離しの速度が上がった。9月に日光発電事務所で営んでいた水力発電事業を会社分割して事業譲渡し、10月には鋳造品事業を古河キャステックへ営業譲渡した。12月には第三者割当で新株を発行し、資本を厚くする手当てを打った。2004年3月には金属製錬事業を会社分割して古河メタルリソースを新設し、5月には産業機械の製造販売と建設業を担う古河産機システムズを設立した[5]

決断

建設機械から降り、さく岩機を残す

2004年10月、古河機械金属は日立古河建機の株式を日立建機へ譲渡した。1999年の分離、2000年の合弁化を経て、5年半をかけて建設機械から降りきった。撤退は決算にも表れ、2005年3月期には建機事業の製造設備と土地5億69百万円を主とする固定資産除売却損7億89百万円を特別損失に計上した。1900年に足尾銅山の機械工場から始まった機械事業のうち、建設機械の部門が本体から消えた[6][7]

残す側の機械の中身は、撤退と同じ年の誌面に記録された。足尾銅山の銅鉱石採掘のためにさく岩機の生産を始めてから70年、1976年の油圧式ドリフタで1分間の打撃回数は最大4,000打へ、1打の打撃エネルギーも50〜60%上がっていた。吉井工場の技師である小泉匡弘氏が1993年に着手したデュアルダンパ搭載機は1997年に発売、2000年に本格発売、2002年にはトンネル掘削機にも載り、2004年時点で需要の8割を海外が占めた[8]

6事業を分けて損益責任を負わせる

2005年3月、古河機械金属は産業機械、開発機械(ロックドリル)、ユニック、金属、電子、化成品の主要6事業部門を会社分割し、事業持株会社体制へ移った。2001年6月から社長を務める吉野哲夫社長のもと、経営の透明性を高めることと企業構造の変革を続けて効率的な経営体制を築くことを基本方針に掲げ、その方針の下で分社したと説明した。各事業会社は一体性を保ちながら、明確な資産管理と損益責任のもとで機動的な経営を進める体制を敷いた[9][10]

人と勘定の置き場も動いた。中核事業会社6社の代表取締役には古河機械金属の執行役員が就き、取締役会は社内7名・社外1名の8名、執行役員は18名となった。提出会社単体の従業員数は2004年3月期の1,220人から2005年3月期には194人へ減り、単体売上高も1,169億円から翌期には408億円まで落ちた。分割の代価として、2005年3月期には土地評価損38億90百万円を含む事業再構築損失40億10百万円を計上した[11][12][13]

結果

移行初年度の復配と、続く絞り込み

事業持株会社体制の初年度にあたる2006年3月期、連結売上高は1,819億37百万円、営業利益は121億29百万円、当期純利益は53億9百万円となった。銅価の高騰と買鉱条件の改善で金属部門が大幅な増益となり、ロックドリル製品も海外出荷が伸びた。1株当たり3円の配当で復配し、有利子負債は3年間で300億円という削減目標に対し1年で168億円を減らした[14][15]

絞り込みは分社で終わらなかった。産業機械製品は国内需要の不振と価格競争の激化に独占禁止法違反に伴う指名停止が重なって受注が落ち、古河機械金属はポンプや水処理などの環境製品へ製品を絞って人員を減らし、破砕機、荷役機械、スクリーンはグループ内の営業譲渡で集約した。ロックドリル製品では、2008年度にブレーカーとクローラドリルで世界シェア40%を掲げた。2005年度の実績は30%であった[16][17]

機械をコアに据えた20年

分社した6事業の顔ぶれは、その後も入れ替わった。2008年7月に燃料事業を会社分割して古河コマースへ承継させ、その株式は2012年10月に宇佐美鉱油へ譲り渡す形をとった。2009年12月に連結子会社とした塗料・化成品のトウペも、2013年3月に日本ゼオンへ売却した。いずれも分社で切り分けた事業単位のまま売られた[18]

機械をコア事業に据える方針は、20年後の中期経営計画2025まで続いた。同計画は機械事業が連結営業利益の80%以上を占めることを目標としたが、2025年度の実績は51%にとどまった。連結営業利益も目標の130億円に届かず112億99百万円で、2026年3月期の連結売上高2,110億81百万円のうち機械事業は842億56百万円であった。古河機械金属は、売上成長に見合った利益率の向上には至らなかったと総括した[19][20]

出典・参考
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第139期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第139期(2006年3月期)【業績等の概要】
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第139期(2006年3月期)【対処すべき課題】
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第139期(2006年3月期)【事業等のリスク】
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第139期(2006年3月期)【役員の状況】
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第139期(2006年3月期)【コーポレート・ガバナンスの状況】
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第139期(2006年3月期)【経理の状況】連結損益計算書関係 注記
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第159期(2026年3月期)【沿革】
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第159期(2026年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
  • 古河機械金属 有価証券報告書 第159期(2026年3月期)【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】
  • 週刊東洋経済 2004年5月29日号

免責事項およびポリシー