松尾鉱業 の歴史

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1914年に横浜市で中村房次郎氏が創業し、1950年に上場。1882〜1982年の沿革、19カ年の長期業績を収録。一次資料から社史を執筆。

創業

1914年

創業者

中村房次郎

創業地

横浜市

直近売上高(1963/3)

38億円

長期業績と転換点(1951/3〜1969/3)
売上高(億円純利益率(%)

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松尾鉱業の沿革1882〜1982年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
地元村民が岩手県松尾村の山中で硫黄の露頭を発見
横浜の貿易商増田屋が経営に参画し本格採掘に着手★★
横浜の貿易商中村房次郎氏が松尾鉱山の鉱業権を取得★★
松尾鉱山の本格開発を目的に松尾鉱業を設立★★★
戦後不況の余波で休山の危機に直面
硫黄製錬の石炭竈化とあわせ硫化鉱の生産販売を開始★★
生産量が硫黄1万6000トン・硫化鉱3万7000トンに到達
輸送力確保のため屋敷台~大更間に専用鉄道を敷設★★
生産量が硫黄6万4000トン・硫化鉱60万トン超の記録的最盛期に到達★★
増資により資本金を800万円に増額
坑内落盤の変災により多数の犠牲者と甚大な損害が発生★★
硫黄・硫化鉱の採掘と硫黄製錬に復帰★★
地方鉄道による一般運輸事業を開始
東京証券取引所に株式を上場
自家粉化工場で粉末硫黄の製造を開始
硫黄の価格統制解除を機に全面的な硫黄増産対策を確立★★
乗合バスによる一般旅客輸送を開始
再評価積立金の資本組入を含む増資で資本金を3億6000万円に増額
硫黄6万2000トン・硫化鉱65万トンでいずれも全国鉱山中首位を獲得★★
IMCの国際需給統制に基づき硫黄1万2400トンを割当輸出★★
女牛鉱山で金・重石・石灰石の採掘準備を開始
米国の低コスト硫黄の増産でIMCの国際統制が解除され輸出が停滞し山元滞貨が発生★★★
2代社長中村正雄氏の逝去にともない福田董氏が社長に就任
コスト引下げのため乾式連続硫黄製錬設備の建設に着手★★
運輸部門を分離して八幡平観光と松尾貨物運送を設立
神戸製鋼所・日産化学工業との共同出資で東北鉱化工業を設立★★
1000余名の人員整理と経営陣交替により再建に着手★★★
東北鉱化工業の硫酸工場が操業を開始
公害対策基本法の施行で石油精製の回収硫黄が大量に出回り硫黄鉱石の需要が消滅★★★
会社更生法の適用を申請★★★
全従業員958人を解雇★★
東京証券取引所1部の上場を廃止★★
松尾鉱業鉄道が全列車を運休
松尾鉱山が閉山★★
黄鉄鉱に絞った後継会社が鉱業権を放棄し完全閉山★★
松尾鉱業鉄道が全線を廃止
旧松尾鉱山の坑廃水対策として新中和処理施設の建設を決定★★
旧松尾鉱山新中和処理施設が本格稼働★★

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