川崎汽船非海運多角化の見送りと、自動車船・LNG船・鉄鋼原料輸送への集中投資

郵船・商船三井が海運の外へ広げるなかで、なぜ海運の内側を深掘りしたのか

時期 2019年4月
意思決定者(推定) 明珍幸一 川崎汽船 社長
論点 事業ポートフォリオの方向と自営事業の収益力
概要
コンテナ船事業を切り出したあとの川崎汽船が、物流・不動産などの非海運事業へ広げる道をとらず、自ら船を持って運航する自営事業に投資を集中させた経営判断。2019年4月に社長となった明珍幸一氏は、自動車船・LNG船・鉄鋼原料輸送船を自営事業の3本柱に据え、多角化より海運集中で収益を伸ばせるとの立場をとった。
背景
コンテナ船を切り出したあとに残ったのは、自動車船・ドライバルク・エネルギー資源輸送の海運3事業であった。2019年3月期の構造改革で自己資本は1,035億円まで細り、有利子負債は5,021億円、自己資本比率は10.9%。非海運へ投じる資金の余力はなかった。
内容
明珍社長は2023年に多角化より海運集中で収益を伸ばせると述べ、2024年には自営事業が成長の柱だと語った。投資先も海運の内側に置き、2020年10月に日本初のLNGバンカリング船「かぐや」、2024年11月に液化CO2輸送船を竣工させ、2022年6月には川崎近海汽船を株式交換で完全子会社化した。
含意
連結の営業利益は2020年3月期の68億円から2025年3月期に1,029億円へ増え、自己資本は1兆6,484億円まで回復した。ただし回復の大半はONE経由のコンテナ船利益によるもので、2026年3月期の営業利益は842億円へ戻っている。海運集中の成否は自営事業の利益水準に表れる。
筆者の見解

選んだのか、残ったのか

自己資本1,035億円、有利子負債5,021億円という2019年3月期の数字を見れば、異業種を買って柱を増やす選択肢は初めから存在しなかった。「多角化より海運集中で収益伸ばせる」という明珍幸一社長の言葉は、そのまま読めば戦略の宣言だが、財務の側から読めば制約の言い換えでもある。ただ、狭い範囲を1970年のPCCと1983年の尾州丸に連なる船種に絞ったことで、半世紀の蓄積を使い切る投資になったとみることができる。

とはいえ、自己資本が6年で約16倍になった理由の大半は、切り出したコンテナ船がONE経由で戻した利益であって、海運集中の成果ではない。2022年3月期に経常利益6,575億円を計上したとき、自社の営業利益は177億円にすぎなかった。この方針の実質は、自営事業の営業利益が2025年3月期に1,029億円へ届き、翌期に842億円へ戻った水準そのものにある。3,300億円の脱炭素投資がこれを押し上げるのかは、まだ決まっていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

コンテナ船を切り出したあとに残った船種

ONEが営業を始めたあと、川崎汽船に残ったのは自動車船・ドライバルク・エネルギー資源輸送の海運3事業であった。日本郵船と商船三井はLNG船や海洋資源開発へ資源を移し、物流や不動産も抱えていたが、川崎汽船の非コンテナ事業は海運のなかに収まっていた。2020年3月期の連結売上高は7,352億円、経常利益は74億円、純利益は52億円という小さな土台からの出発であった[1][2]

財務の側には余裕がなかった。2019年3月期の構造改革で純損失1,111億円を計上した結果、自己資本は1,035億円まで縮み、有利子負債は5,021億円、自己資本比率は10.9%となっていた。財務基盤の毀損に対応して劣後ローン450億円を調達している。非海運の事業を買って柱を増やすという道は、資金の面で最初から選べる状態になかった[3]

1970年と1983年に始めた船種の蓄積

残った3事業は、いずれも古い船種であった。自動車船は1970年7月に世界で初めて実用化した自動車専用船(PCC)に始まり、エネルギー輸送は1983年8月に竣工した邦船初のLNG運搬船「尾州丸」に始まる。極低温を管理する技術と荷主との長期契約を前提とするLNG輸送は、運賃市況にさらされるコンテナ船とは収益の性質が違っていた[4]

船種を並べて持つ考え方は、切り出しの前から社内にあった。村上英三社長は2015年、専業はその船種の市況が悪いと一気に苦しくなるのに対し、需要動向に応じてバラ積み船・エネルギー船・物流へ分散投資できると述べ、多様な船種を扱う総合海運が日本の大手にしか見られなくなったと語っていた。自動車船を応用した新幹線車両の輸送もその延長にあった[5]

決断

多角化に向かわないという方針

2019年4月に社長となった明珍幸一氏は、自営事業の収益力強化に方針を定めた。自営事業とは、自ら船を持って運航する事業を指す。明珍社長は2023年、多角化より海運集中で収益を伸ばせると述べ、2024年には自営事業が成長の柱だと語って、多角化を追わない立場を明示した。自営の3本柱には自動車船・LNG船・鉄鋼原料輸送船を据えた[6][7][8]

同じ時期、日本郵船と商船三井は海運の外へも投資を広げていた。川崎汽船が海運の内側にとどまったのは、方針として選んだ面と、選べる範囲が狭かった面の両方がある。自己資本1,035億円・有利子負債5,021億円という状態で異業種を買う余地はなく、既に船と顧客を持つ3事業を厚くする以外に、投資の当て先が乏しかった[9]

投資先も海運の内側に置く

投資は船と航路に向かった。2020年10月に日本初のLNGバンカリング船「かぐや」を、2021年3月にLNG燃料の自動車専用船「CENTURY HIGHWAY GREEN」を、2024年5月に初のLNG燃料ケープサイズバルカー「CAPE HAYATE」を竣工させた。2022年6月には1966年に分離した川崎近海汽船を株式交換で完全子会社化し、内航・近海部門の経営を一つにまとめた[10]

新しい貨物にも手を伸ばした。2024年2月にノルウェーのNorthern Lights向け液化CO2船の傭船契約を結び、同年11月に「NORTHERN PIONEER」を竣工させた。回収したCO2を液化して海上輸送し貯留するまでの一連の事業は、既存の船隊運航の技術と長期契約という自営事業の型をそのまま延長した領域であった。石炭や鉄鉱石を運んできた会社が、CO2を運ぶ側に回った[11][12]

結果

自己資本の回復と、自営事業の営業利益

財務は短期間で組み替わった。自己資本は2019年3月期の1,035億円から2025年3月期に1兆6,484億円へ、6年で約16倍に増えた。有利子負債は5,021億円から2,383億円へ半分以下に減り、手元資金が借入を上回る状態に転じた。連結の営業利益も2020年3月期の68億円から2025年3月期に1,029億円へ増え、コンテナ船を除く事業で1,000億円台を稼ぐ水準に届いた[13]

ただし回復の大半は、切り出したコンテナ船が持分法投資利益として戻したものであった。2022年3月期の経常利益6,575億円に対して自社の営業利益は177億円にとどまり、運賃の正常化とともにONEからの利益は縮んだ。2026年3月期は売上高1兆184億円、営業利益842億円、経常利益1,091億円、純利益1,330億円で、自営事業の利益水準がそのまま全社の姿を決める段階に入った[14]

脱炭素という次の投資先

回復した財務は、船種の入れ替えに向けられた。川崎汽船は「"K" LINE 環境ビジョン2050」のもとでLNG燃料化を主軸に据え、2030年までにLNG燃料船を35隻まで増やし、2030年代半ばにアンモニア燃料船20隻の体制を目指すとして、2026年までに総額3,300億円の関連投資を計画した。2025年2月と7月には6,900台積みのLNG燃料自動車専用船が竣工している[15]

難しいのは船を造る側であった。国内造船業の世界受注シェアは2019年の19%から2024年に8%へ落ち、国内の建造能力は年約900万総トンで、日本の船主が必要とする年1,800万総トンの半分にとどまる。川崎汽船は造船所や舶用機器メーカーを重要な基盤と述べ、オールジャパンで結束して米韓との協働のあり方も検討すると回答した。集中投資の受け皿づくりが次の課題となった[16]

出典・参考

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