1884年5月、関西の船主が大同合併して大阪商船が設立[1]された(所有船舶93隻)。瀬戸内海・九州・朝鮮半島など沿岸・近海航路を基盤に成長し[2]、戦前の日本海運業界で日本郵船に次ぐ地位を占めた歴史ある船会社である。これに対し三井船舶は1942年に三井物産の船舶部が分離独立して設立[3]された外航海運会社で、三井財閥の貿易を支える船隊を幅広く運航していた。出自も主戦場も異なる両社だが、瀬戸内・近海を主戦場とする大阪商船と遠洋航路を柱とする三井船舶は航路の重複が少なく、沿岸・近海と外航という補完関係のなかで並行して事業を広げてきた歴史を持っていた。[4]
1964年4月、海運再建整備に関する臨時措置法のもとで両社は対等合併し、大阪商船三井船舶株式会社が発足した[5]。資本金131億円、所有船舶86隻・127万重量トンという船隊規模で、[6]日本の海運業界は同法に基づく集約により大手6社体制に再編される転換点を迎えた。[7]合併によって内航の沿岸輸送から外航の長距離輸送まで多様な船隊を持つ総合海運会社が誕生し、鉄鉱石・石炭・穀物などのドライバルク輸送と、原油や液化天然ガスといったエネルギー輸送を主力とする不定期専用船事業が、商船三井の収益の柱となった。戦後復興から高度成長へと移る時代の資源輸送需要に対応する船隊の骨格が、この合併で整った。
1989年、山下新日本汽船とジャパンラインが合併してナビックスラインが発足した[8]。ナビックスラインは不定期船を中心とした海運会社で、当時の商船三井と事業領域が重なり合う部分が大きかった。日本の海運業界は1990年代を通じてさらなる集約の流れが進み、船腹需給と運賃水準をめぐる熾烈な国際競争のなかで、単独で競争力を維持することが次第に難しくなった。そうした業界再編の流れのなかで、1999年4月に大阪商船三井船舶はナビックスラインと合併し、商号を株式会社商船三井へと変更した。[9]商号の刷新は事業統合の象徴であり、邦船業界の集約は大手3社体制へと収斂した。
この合併で商船三井は不定期専用船の船隊を拡充し、ドライバルク・タンカー・液化天然ガス船の分野で世界最大級の船隊を持つ海運会社となった。定期船部門としてのコンテナ船事業も一定の規模を有してはいたが、連結全体の利益の大半は長期契約を中心とした不定期専用船事業が生み出す構造が鮮明であった。ドライバルク船はスポット輸送と長期契約を組み合わせ、タンカーは石油メジャーとの長期運航契約、液化天然ガス船は電力会社との超長期傭船契約といった具合に、資源需要の裾野に船隊を張り巡らせるビジネスモデルが出来上がった。この構造は以後の経営の基礎となった。
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|---|---|---|---|---|
| 1884〜1999年大阪商船と三井船舶の合併による総合海運会社の誕生 | 大阪商船が設立 | ★★ | ||
| 三井船舶が三井物産の船舶部から分離独立 | ★★ | |||
| 進藤孝二 | 海運集約政策のもとでの三井船舶との対等合併と大阪商船三井船舶の発足 1963年12月9日、大阪商船と三井船舶が合併に調印し、1964年4月1日、他の5中核体と一斉に大阪商船三井船舶株式会社が発足した。1963年7月施行の海運二法が、利子の猶予・補給という助成の条件として海運会社の合併と運航船腹100万重量トン以上を求めたためで、外航海運は6つの中核体に集約された。法的には三井船舶を存続会社としながら、本店は大阪市に置き、商号には両社の名を並べた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 進藤孝二 | 内航近海部門を分離し商船三井近海を設立 | ★ | ||
| 福田久雄 | 日本沿海フェリーが発足 | ★ | ||
| 福田久雄 | 船客部門を分離し商船三井客船を設立 | ★ | ||
| 相浦紀一郎 | 定期船・物流統括会社MOL(AMERICA)を設立 | ★ | ||
| 轉法輪奏 | 山下新日本汽船とジャパンラインが合併しナビックスラインが発足 | ★★ | ||
| 轉法輪奏 | 三井航空サービスと商船航空サービスが合併 | ★ | ||
| 轉法輪奏 | ダイヤモンドフェリーに資本参加 | ★ | ||
| 轉法輪奏 | 日本海汽船を合併 | ★ | ||
| 生田正治 | 東京マリンを子会社化(後のMOL Chemical Tankers) | ★ | ||
| 生田正治 | BGTプロジェクト関連企業3社を子会社化 | ★ | ||
| 生田正治 | ナビックスラインとの対等合併と「商船三井」への商号変更 1998年11月20日、大阪商船三井船舶はナビックスラインとの対等合併を発表し、1999年4月1日に合併して商号を株式会社商船三井へ変更した。合併交渉は1997年9月に生田正治社長がナビックスラインの堀憲明社長へ持ちかけたもので、日本郵船と昭和海運の合併発表より前に始まっていた。1964年から35年使われた『大阪商船三井船舶』の商号はここで終わった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2000〜2016年不定期専用船のピーク益とコンテナ船の構造的赤字 | 鈴木邦雄 | 商船三井フェリーが発足 | ★ | |
| 芦田昭充 | ダイビルを公開買付で子会社化 | ★★ | ||
| 芦田昭充 | 経常利益3022億円を計上(過去最高水準) | ★ | ||
| 芦田昭充 | 関西汽船を子会社化 | ★ | ||
| 芦田昭充 | 日産専用船を子会社化 | ★ | ||
| 武藤光一 | スポット運賃で稼ぐ不定期船経営からLNG船・長期契約への収益構造の転換 2010年代前半、商船三井はスポット運賃に賭ける不定期船経営から、20年近い長期契約が主となるLNG船へ収益の柱を移した。2013年6月時点のLNG船隊は69隻で世界首位であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 池田潤一郎 | 池田潤一郎氏が社長に就任 | ★ | ||
| 池田潤一郎 | コンテナ船事業の邦船3社への統合とオーシャンネットワークエクスプレスの設立 2016年10月、商船三井は日本郵船・川崎汽船とコンテナ船および海外ターミナル事業の統合を発表し、2017年7月にオーシャンネットワークエクスプレス(ONE)を設立、2018年4月にサービスを開始した。出資比率は日本郵船38%、商船三井と川崎汽船が各31%。売上の4割を占めた事業は連結対象から外れ、持分法投資損益の一行へ姿を変えた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2017〜2023年オーシャンネットワークエクスプレス設立から社会インフラ企業へ | 池田潤一郎 | ONE(Ocean Network Express)を設立 | ★★ | |
| 池田潤一郎 | ONEがサービス開始 | ★ | ||
| 橋本剛 | 橋本剛氏が社長に就任 | ★ | ||
| 橋本剛 | 経常利益7217億円を計上 | ★ | ||
| 橋本剛 | 宇徳とダイビルを公開買付で完全子会社化 | ★★ | ||
| 橋本剛 | スイスのGearbulk Holdingを子会社化 | ★★ | ||
| 橋本剛 | エリオットの3,000億円自社株買い要請と累進配当・総還元性向40%への転換 2026年3月、米アクティビストのエリオット・インベストメント・マネジメントが商船三井株を取得し、株主還元の強化——関係者によれば今後3年で3,000億円程度の自社株買い——を要請した。 詳細を読む | ★★★ |
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事実根拠:出所(商船三井)