- 創業
- 1884年5月、関西の船主が大同合併して大阪商船が生まれた。特定の創業者を持たない船会社である。相手方の三井船舶は1942年に三井物産の船舶部が独立した会社で、1964年4月の海運集約で両社が対等合併した。歴代社長の名簿はこの合併後の進藤孝二氏から始まり、創業家出身の社長は一人も出ていない。
- 登用
- 直近20年の社長5人はいずれも新卒入社の生え抜きで、外部からの起用は確認できない。入社から就任まで34年から39年、直前の役職は副社長か専務執行役員である。旧大阪商船と旧三井船舶の出身者がトップを分け合う時代は2004年で終わり、以後は合併後に入社した世代が続いている。
- 任期
- 1964年の合併から62年で15人、平均およそ4年である。在任中に胃癌で死去した権田次良氏の11か月を除けば3年から6年に収まり、10年を超える長期政権は一度もない。直近3代は池田潤一郎氏が5年10か月、橋本剛氏が5年、田村城太郎氏が2026年4月からで、市況が荒れても任期は動いていない。
- 含意
- 市況の急変にかかわらず4年から6年で社長が代わり、退いた社長は取締役会長に移る。次期社長を審議する指名諮問委員会は社外が過半数だが、その会長と現社長も委員に入り、答申を受けて取締役会が決める形である。機関設計は監査役会設置会社のままで、社外取締役は10人中5人にとどまる。
1963〜1965年・3年/生え抜き
1966〜1970年・5年/生え抜き
1971〜1971年・1年/生え抜き
1972〜1974年・3年/生え抜き
1975〜1978年・4年/生え抜き
1979〜1982年・4年/生え抜き
1983〜1987年・5年
1988〜1992年・5年/生え抜き
1993〜1998年・6年/生え抜き
1999〜2002年・4年/生え抜き
2003〜2008年・6年/生え抜き
2009〜2013年・5年/生え抜き
2014〜2019年・6年/生え抜き
2020〜2024年・5年/生え抜き
田村城太郎現任
2025年〜現在・2年/生え抜き
田村城太郎
たむら じょうたろう
生え抜き(1991年入社)。コンテナ船・海外現地法人畑
橋本剛
はしもと たけし
生え抜き(1982年入社)。LNG船畑
池田潤一郎
いけだ じゅんいちろう
生え抜き(1979年入社)。人事・定期航路畑
武藤光一
むとう こういち
生え抜き(1976年入社)。不定期船・経営企画畑
芦田昭充
あしだ あきみつ
生え抜き(1967年入社)。定期航路・企画畑
鈴木邦雄
すずき くにお
生え抜き(大阪商船入社。1964年の合併で大阪商船三井船舶へ)
生田正治
いくた まさはる
生え抜き(1957年三井船舶入社)。定期航路畑。社長・会長を経て日本郵政公社初代総裁へ
轉法輪奏
てんぽうりん すすむ
生え抜き(1952年大阪商船入社)。定航・企画畑を歩み、社名を商船三井へ変える構想を主導した
相浦紀一郎
あいうら きいちろう
近藤鎮雄
こんどう しずお
生え抜き(1943年大阪商船入社)。不定期船部門の育ての親と呼ばれた
永井典彦
ながい のりひこ
生え抜き(1939年三井物産入社、戦中に三井船舶へ転籍)。定航・総務畑
篠田義雄
しのだ よしお
生え抜き(1935年大阪商船入社)。合併後に取締役・常務・専務・副社長を歴任し社長へ
権田次良
ごんだ じろう
三井物産を経て1947年に三井船舶へ移り、1964年の合併後に副社長から社長へ。在任中の1973年4月に死去
福田久雄
ふくだ ひさお
生え抜き(1925年大阪商船入社)。取締役・専務・副社長を経て合併後3年目の社長へ
進藤孝二
しんどう こうじ
生え抜き(三井物産船舶部)。1960年に三井船舶社長、1964年の大阪商船との合併により大阪商船三井船舶の初代社長へ