- FY07以降の社長は前川弘幸・黒谷研一・朝倉次郎・村上英三・明珍幸一・五十嵐武宣の6名、いずれも川崎汽船生え抜きで外部からの社長登用は確認できない。
- 朝倉次郎のFY10〜FY13(約4年)、村上英三のFY14〜FY17(約4年)、明珍幸一のFY18〜FY23(約6年)と、概ね4〜6年での交代サイクル。
- 昇進元はコンテナ船事業グループ長(村上英三・明珍幸一)と経営企画グループ長(園部恭也・五十嵐武宣)が中心で、コンテナ船事業執行と経営企画系から社長へ昇格する系譜。
1950〜1968年・19年
1969〜1974年・6年
1975〜1978年・4年
1979〜1983年・5年/生え抜き
1984〜1986年・3年/生え抜き
1987〜1990年・4年/生え抜き
1991〜1992年・2年
1993〜1998年・6年/生え抜き
1999〜2003年・5年/生え抜き
2004〜2008年・5年/生え抜き
2009〜2009年・1年/生え抜き
2010〜2013年・4年/生え抜き
2014〜2017年・4年/生え抜き
2018〜2023年・6年/生え抜き
五十嵐武宣現任
2024年〜現在・3年/生え抜き
五十嵐武宣
いがらし たけのぶ
生え抜き(1991年入社)。経営企画グループ長・執行役員を経て専務執行役員から代表執行役社長へ
明珍幸一
みょうちん ゆきかず
生え抜き(1984年入社)。コンテナ船事業グループ長・執行役員を経て代表取締役専務執行役員から社長へ
村上英三
むらかみ えいぞう
生え抜き(1975年入社)。欧米勤務やコンテナ船事業グループ長を経て副社長執行役員から社長へ
生え抜き(1974年入社)。不定期船・鉄鋼原料畑を歩み、副社長執行役員から社長へ。日本船主協会会長も務めた
生え抜き(1969年入社)。定航・コンテナ船事業畑を歩み、"K" LINE PTE LTD 社長を経て副社長執行役員から社長へ
生え抜き(1971年入社)。経営企画部企画グループ部長、連結経営推進室長を経て代表取締役専務から社長へ
崎長保英
さきなが やすひで
生え抜き。ドイツ駐在、営業第三部液化ガス課長、企画部長、取締役、常務、代表取締役専務を経て副社長から社長へ
生え抜き(1958年入社)。ロンドン駐在などを経て、経常赤字に転落した会社の再建を託され1994年に社長就任
生え抜き。定期航路のエースと呼ばれ、専務から社長へ。北米航路への集中投資で復配を実現した
生え抜き。管理・業務畑を歩み、多角化路線を掲げる対抗候補を退けて1985年に社長就任
生え抜き。定期航路の営業畑を歩み、1980年に社長就任。1985年に会長へ退いた後も相談役として経営に関与した