筆頭株主エフィッシモの長期大量保有の受け入れと社外取締役の招請

拒否権を握る物言う株主と、どう向き合うか——巨額赤字のさなかに取締役を迎えた海運大手の選択

更新:

時期 2019年4月
意思決定者 明珍幸一・取締役会 川崎汽船 社長
論点 筆頭株主となった物言う株主への対応とガバナンス
概要
2019年4月26日、川崎汽船が、株式の38.99%を持つ筆頭株主で投資ファンドのエフィッシモ・キャピタル・マネジメントから社外取締役を受け入れると発表した経営判断。同ファンドが推す内田龍平氏を社外の非業務執行取締役候補に選定し、6月21日の定時株主総会で選任した。エフィッシモは同日に株式の保有目的を純投資へ切り替えた。
背景
リーマン・ショック後の海運市況低迷で川崎汽船は赤字を繰り返し、株価も低迷していた。旧村上ファンド出身者が設立したエフィッシモは2015年8月に6.18%を取得したのち買い増しを続け、2016年には特別決議の拒否権を握り、2018年6月には38.99%まで保有を高めて筆頭株主となっていた。
内容
川崎汽船は社外取締役の受け入れを、経営管理の高度化と投資リスクの管理について知見を高め合うことが目的だと説明した。候補の内田龍平氏は三菱商事と旧産業革新機構を経て2012年にエフィッシモへ入社した人物で、6月21日の総会で選任された。かつて経営陣の再任案に反対した筆頭株主を、排除せず取締役会へ迎える選択であった。
含意
2019年3月期に純損失1,111億円を計上し構造改革を迫られたなかで、村上英三会長は方向性が驚くほど一致したと語り、対立から協調へと関係が転じた。エフィッシモは保有目的を純投資へ変えたのちも保有株数をほとんど動かさず、長期の大株主にとどまった。市況変動の激しい資本集約産業と物言う株主の共存を示す事例となった。
筆者の見解

拒否権を握る株主と同席するということ

この判断が突きつけたのは、3分の1を超える議決権を握った株主を、防戦の相手とみるか、経営に加える相手とみるかという分岐であった。買収防衛策で身構える道も、委任状争奪で全面的に争う道もありえたなかで、川崎汽船は取締役会に席を用意する道を選んだ。市況の波に翻弄され、巨額の赤字で投資余力を失った海運会社にとって、効率を求める大株主との協調は、再建の現実的な後ろ盾になりえたとみることができる。対立の熱を下げた点では、双方に利のある選択であった。

もっとも、拒否権を握る筆頭株主と席を同じくする体制が、少数株主やほかのステークホルダーの利害とどう折り合うかは、なお開かれた問いとして残る。エフィッシモが関与型から純投資へ看板を掛け替え、長期保有へ静まっていった経緯は、物言う株主の関与が必ずしも短期の売り抜けに終わらないことを示している。市況で業績が大きく振れる資本集約型の海運で、大株主と経営がどこまで同じ方向を向き続けられるのか。その均衡は、運賃の相場が変わるたびに問い直されていくとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

海運不況と繰り返す赤字

川崎汽船はリーマン・ショック後の海運市況の崩れに長く苦しんでいた。運賃の下落と船腹の過剰、円高が重なり、コンテナ船とドライバルクを中心に採算が悪化した。2017年3月期にはコンテナ船事業の特別損失を主因として純損失1,394億円を計上し、創業以来でも大きな赤字を記録した。市況の波に業績が振り回されやすい構造が、株価の低迷となって表れていた[1]

この苦境への対応として、川崎汽船は2017年に商船三井・日本郵船とコンテナ船事業を統合し、翌2018年に統合会社ONEが営業を始めた。市況に左右される定期船部門を切り出す一方で、資本を毀損した状態が残った。低収益と低株価という条件が、株式市場から見て資本効率の改善余地を抱えた会社という評価を招き、物言う株主が関心を寄せる素地となっていた[2]

エフィッシモの登場と買い増し

旧村上ファンド出身者が設立したエフィッシモ・キャピタル・マネジメントは、2015年8月に川崎汽船株の6.18%を取得して大株主となった。その後も静かに買い増しを続け、2016年6月の時点で保有比率は34.11%まで上がった。株主総会の特別決議を単独で否決できる3分の1を超え、事実上の拒否権を握った点が、この保有の重みであった[3]

エフィッシモは経営陣への助言と重要提案を行う立場を明示し、経営との距離をとった。2016年6月の株主総会では当時の社長の再任案への賛成率が57%にとどまり、筆頭株主の存在が数字に表れた。買い増しはなお続き、2018年6月には保有比率が38.99%へと高まった。3分の1を超える議決権を握る株主と、どう向き合うかが経営の課題として残った[4]

決断

社外取締役を迎えるという選択

2019年4月26日、川崎汽船は筆頭株主エフィッシモから社外取締役を受け入れると発表した。同ファンドが推す内田龍平氏を社外の非業務執行取締役候補に選び、6月21日の定時株主総会に付議する内容であった。会社はこの受け入れを、経営管理の高度化と投資リスクの管理について知見を高め合うことが目的だと説明した。拒否権を握る株主を敵とみなして退けるのではなく、取締役会の内側へ招く判断であった[5]

候補となった内田龍平氏は、三菱商事と旧産業革新機構を経て2012年にエフィッシモへ入社した人物であった。エフィッシモは社外取締役の選定と同じ4月26日、川崎汽船株の保有目的を「投資及び経営陣への助言、重要提案行為等を行うこと」から「純投資」へ変更した。提案を武器に経営へ関与する立場から、取締役会に人を送り込む立場へと、関係の形が組み替わった[6]

対立から協調への転換

受け入れの発表は、川崎汽船が構造改革を迫られた時期と重なった。2019年3月期には用船の逆ザヤ解消などで巨額の損失が生じ、連結の純損失は1,111億円に達した。自己資本が細り投資余力を失うなかで、経営の効率改善は避けられない課題となっていた。株主として効率を求めるエフィッシモと、再建を急ぐ会社の利害が、この時点で近づいていた[7]

協調への転換は、経営側の言葉にも表れた。村上英三会長は、構造改革で目指す方向性が驚くほど一致したと語った。かつて再任案に反対した筆頭株主と、船隊の縮小や資産の圧縮という痛みを伴う改革の方向で足並みがそろった形であった。物言う株主との呉越同舟が成り立つかどうかに、投資家の関心が集まった[8]

結果

選任と、続く長期保有

2019年6月21日の定時株主総会で、エフィッシモの推す内田龍平氏は社外取締役に選任された。会社の説明どおり、拒否権を握る筆頭株主が取締役会の一員として経営に加わる体制が整った。エフィッシモはなお約39%を保有し、単独筆頭株主として川崎汽船の意思決定に関与し続けた。同じ海運大手でも、日本郵船を含む業界全体が物言う株主の圧力にさらされるなかでの選任であった[9]

純投資へ切り替えたのちも、エフィッシモは保有株数をほとんど動かさなかった。2025年に提出した変更報告書でも保有株数は変えず、川崎汽船が自社株を消却したことで保有割合が上がったと届け出た。取得から10年近くを経てなお筆頭級の株主にとどまり、当初の関与型から長期保有へと性格を変えていった。川崎汽船は2025年3月に指名委員会等設置会社へ移行し、機関設計の面でもガバナンスを組み替えた[10]

出典・参考